シヴァの見つめる先 - 2/12

一、

 刀剣男士の信頼関係により、部隊の損耗状況が軽減する傾向がある。同時に、連撃が多発する印象がある。
 そんなことを言いだしたのは、誰だっただろうか――。
 そうしてそんな疑問に興味を持ったのが、本丸が誇る在野の研究者、一期一振だった。彼は、研究指定を受けた正規チームとは距離を置き、今日も己の興味に忠実に、“学問の深淵”という名の沼を掘り続けている奇特な男士だ。
「士気の問題だとは思うけど、……そういえば、この手の研究ってまだないんだよね。当たり前のことなんだけど、実際に数値化できたら、結構いい研究になりそうだね」
 手入れをしながら審神者が言うと、一期一振は目を見開いて体を起こした。
「こうしてはいられません」
「あっ、まだ手入れ途中……」
 審神者の制止も聞かず、一期は手入部屋を飛び出してしまった。

 手入れ部屋での一軒から一週間ほど過ぎた、ある日のことだった。
 午前中の清廉とした空気の中、執務室で決裁書類のチェックをしていた審神者の元に、一期一振が表れたのは。
「主殿、これを」
 何枚かつづりの書類、そのタイトルは『研究計画書』。審神者は声に出して読み上げた。
「『刀剣男士間の信頼関係が戦闘結果に及ぼす影響に関する観察的研究』……わいわいチームとぎすぎすチームの比較による初期的検証う?」
 ちらりと目線を上げると、一期はいいから続きを読んでくれとばかりに、目を輝かせている。期待に満ち溢れた視線を受けて、審神者はしばし黙読した。
 そうして、
「……また新たな研究テーマが見つかったわけね」
 書類を置いてから声をかけると、はい! と一期は元気な返事をした。
「主殿の言う通り先行研究がなかったので、我が本丸でぜひともと思いまして」
「たった一週間で……? フットワーク軽いわね。でも、すごく良いと思う」
「では!」
「ちょうど今日、研究チームの集まりがあるから、倫理審査会に通してみるね。Okもらえたら上にも通すから、ちょっと待ってて」
「かしこまりました」
 一期は恭しく一礼すると、スキップでもしそうな軽さで執務室を辞した。入れ違いで、近侍の山姥切長義が入室してくる。
「今日は研究チームのミーティングだったね。もしかしてそれの?」
 鋭い長義に、審神者はご明察と一言返す。
「面白そうな研究テーマ見つけてきたのよ」
「まさか、また陰毛やら下履きやらの下関係ではないだろうね……」
 眉を顰める長義に、審神者は違う違う、と笑い交じりに否定した。
「いや、これはガチ。刀剣男士の信頼関係と戦闘結果の関連よ。先行研究が全くないから、これはいい切り口だと思うよ」
 そう言って卓上の書類を見せると、長義は懐疑的な表情でそれを受け取って目を通し、ほう、と呟いた。
「確かに、これは興味深いテーマだね。彼にしてはまともだ」
「でしょ。うちの研究チームが行き詰ってるみたいだったら、合同でやるのもいいかなって」
「しかし……。わざと殺伐とした雰囲気を作り出すわけだろう? 禍根を残したりはしないだろうか」
 計画書をめくりながら、長義は案じるような声を出す。審神者もまた、うーんと唸り、目を閉じて考え込む。
「アフターケアもしっかりしてそうだから、大丈夫……だと思いたいけどね」
「そうであることを祈る」

 午後開かれた研究チームでのミーティングで、審神者は一期一振の研究計画書を提出した。研究メンバーで審査を行った結果、『承認』。
 さっそく一期にメールを飛ばすと、彼は詰所から走って執務室に飛び込んできた。メール送信後、数分後のことだった。
「審査いただきありがとうございます!! では早速、研究に取り掛かりたいと思います」
「ちなみに、メンバーはもう募ってるの?」
「むろん、目星はつけてあります」
「さすが。でも、もしも協力者が集まらない場合は言って。私の方でも声かけてみるから」
 審神者の温かい言葉に、一期は目を輝かせ、ありがとうございます! とやはり元気に礼を言い、今度こそスキップしながら執務室を後にした。
 ――この時審神者の胸中は、そこはかとない違和感が渦を巻いていた。
 新たな分野への研究は、興味深いし好奇心をそそられる。研究熱心な一期は、きっと素晴らしい結果を上げてくれるだろうと、十分に期待できる。計画書も立派だった。一部の隙もなく武装されていて、文句の付け所がないほどに。
 しかしなぜだか、興味と裏腹に、謎のもやもやが腹の奥にある。
 この時の違和感を、見過ごすべきではなかったのかもしれない。――のちに審神者は、痛感するところとなる。

 それが、霊力豊富な彼女の第六感が感知した、「予感」だったということは、最悪の形で証明されてしまった。

送信中です

×

※コメントは最大10000文字、100回まで送信できます

送信中です送信しました!