二、
一期の研究方法は、こうだ。
研究への協力者十二口をランダムに二つの部隊に編制し、一方を「わいわいチーム」、他方を「ぎすぎすチーム」として設定。
「わいわいチーム」では出陣前に宴会や茶会、共同での余暇活動を行い、部隊内の親密度を高めたうえで出陣させた。
一方、「ぎすぎすチーム」では必要最小限の会話のみを許可し、意識的に殺伐とした雰囲気を作ってもらい、あえて冷えた空気の中で戦地へ送り出した。
両部隊は同一任務、同一戦地条件で一クールにつき十回の出陣を行い、全三クール(計六十戦)をもって検証を実施。各出陣ごとの戦果・損耗率・戦闘中の連撃および真剣必殺発生回数を記録・比較するというものだ。
信頼関係という抽象的概念を扱うため、補助的に隊員間の発話頻度や距離、任務後の表情変化、刀装の消耗具合などを観察項目として定め、質的・量的双方の側面から分析を行った。
第一クールでは、わいわいチームとぎすぎすチームのメンバーを固定。
第二クールでは、同じメンバー構成のまま、「わいわい」と「ぎすぎす」の条件を反転させた。
前クールまでの結果を踏まえ、両チームのメンバーを一部入れ替え再編成。新たに設定した「わいわいチーム」「ぎすぎすチーム」で再び固定し、検証を行った。
なお、余力があれば第四クールとして、第三クールと同構成のまま条件を再度反転させる計画もあった。
かくして、実験が始まる――。
***
第一クール。
第一陣となる「わいわいチーム」の出陣は、過去の同一任務・同一戦地条件での結果と比較しても、損耗度は30%程度低く、逆に連撃の発現回数は40%アップという好成績を記録し、期待以上の成果を上げた。
「これはかなりいい線行ってんじゃない?!」
大興奮の審神者に、一期一振は鼻高々といったように、満足げな顔をしてみせる。
「この実験がうまくいけば、出陣前の宴会は経費計上できるようになるでしょうか」
「そうかもね~」
研究者たちは、期待に胸を躍らせたものだ。
そうして第二陣となる「ぎすぎすチーム」での出陣。
これは第一陣とは真逆の結果となり、損耗度はアップし連撃発現はなく、代わりに真剣必殺の発現回数が40%アップをマークした。
第二クールでは、「わいわいチーム」での損耗度は15%低下、連撃回数は25%上昇。「ぎすぎすチーム」の損耗度は50%アップ、真剣必殺回数は60%越えという驚異の数値をたたき出した。
こうして、それぞれのチームは出陣回数を十回を数え、無事に第一クールの実験が終了した。
実験終了後は、両チームとも予定通りアフターケアが実施された。出陣に関するデブリーフィングから始まり、共同作業や食事会等のレクリエーションを通して、関係性を修復していくのだ。
わいわいチームの方は、なんら問題はなかった。
デブリーフィングは、始まる前の段階から笑顔と対話に満ちていて、終始和やかなムードだった。
どの刀剣男士も活発に発言したものだが、特に、あの時のあれがよかった、これがよかったなど、お互いを賞賛する旨の言葉が多く聞かれたのが特徴的だった。
「反省点とかはない?」
審神者の問いかけに、しばししてから誰かが手を挙げる。その発言内容に対して、別の誰かがフォローするような意見を口にする。
微笑ましく見る審神者の横で、一期は興味深そうに議事録を取っていた。
一方で「ぎすぎすチーム」のデブリーフィング。ここに至るまでに、審神者は一期と話し合っていたことがある。
「わいわいチームのようにはいかないと思うの」
「無論、そうでしょうな」
「会議室さ、一旦机を撤去しようよ。椅子だけにして、ぐるっと円を描くようにするの。向かい合うようにしてね」
「なるほど。妙案ですな」
かくして、ふたりは予定時刻よりも先に会議室に乗り込み、椅子をサークル型に設営した。
そうして始まった、ぎすぎすチームでのデブリーフィング。予想はしていたが、やはりお通夜状態からのスタートとなり、審神者は必死になって明るく司会することに徹した。
軽いアイスブレーキングから始まり、それでも盛り上がらない場の空気に焦った審神者は、早くも切り札を投入することとなる。
「しょうがないなぁ……。口の滑りがよくなるものがなきゃだね」
一期に目配せをすると、彼は仕方がないというように会議室の隅へと走る。審神者は参加者に椅子をどけて床に座るよう指示を出し、一期に合流して――酒宴の用意を始めた。
酒とつまみ。それを中央にどんと置くと、審神者は特に冷え切っている様子の宗三と歌仙の隣に座り込み、一期は姫鶴と今剣の隣に入り込んだ。
「もっと中央に寄らなきゃ、大好きな命の水にありつけないよ。ほら、寄って寄って」
そう言って背中を押し、強引に円の直径を縮める。そのうえでさらに、審神者が無理矢理にでも酒を注いでやると――ようやく、皆が口を割り始めた。
「正直に言って、あまりいい気分ではなかったね」
その一言から始まり、出るわ出るわ愚痴の数々。あらかじめ『けなし合う場ではない』、『批判禁止』、『振り返りの場です』と釘を刺してはいたが、ともすると、発言がヒートアップしてよくない方向に走りそうになった。
その都度、審神者が笛を吹いて、
「もっとマイルドに言って」
やら、
「非難じゃなくて~?」
などと明るくおどけたように口をはさみ、方向性を修正する作業が必要だった。
あるいは、一期一振による渾身の宴会芸――様々な遮蔽物(時には審神者の頭部さえも!)を使ってたくみに一物を隠す裸芸が大受けにウケ、そこから会場の空気が一変した。
普段はこういった雰囲気になると、眉を顰めて取り締まる立場になる歌仙でさえ、涙を浮かべるほどに大笑いした。
なんだかなぁと思いつつも、審神者はそんな空気の中でたくみに司会進行を務め、最終的に――
「やっぱ空気最悪だから、早く戻りたいじゃん。そしたら、真剣必殺出まくったんだよね」
という金言を引き出すことに成功し、見事にデブリーフィングは終了したのだった。
その後、共同作業として失った分の刀装を作成することとなったが、驚くべきことに、その結果にも差が出た。なんと、わいわいチームよりも、ぎすぎすチームの方がより多くの『金』刀装を作り上げたのだ。
「雨降って時固まる、ということでしょうか」
並んだ金刀装を見て、一期が至極興味深げにつぶやくと、
「これは、次のターンが楽しみね」
審神者もまた、興味津々といった様子で返すのだった。
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