四、
審神者は臨時で研究チームのメンバーと一期一振を招集し、緊急会議を行った。
今回の『ぎすぎすチーム』での実験で、鶴丸国永が急性ストレス障害を発症したこと。ぎすぎすチームへのアフターケアをどうするか。そもそも、研究は継続すべきなのか――。
議題を述べる審神者に、正規研究チームの面々はもちろん、発起人である一期は愕然とした顔つきで言葉を失った。
「鶴丸殿が……ですか……?」
信じられない、といった表情で色を失う一期に、審神者は沈痛な面持ちでうなずいた。
「私は精神科医じゃないから、確定診断はできないけど。それでも、今ある症状……健忘や知覚異常、思考障害、情動異常、身体症状……詳細は配布資料を参照して。それらを複合的に判断すると、ASD、急性ストレス障害と考えられるかな、と」
「原因は……?」
こわばった表情で問うたのは、正規研究チームの長、水心子正秀だった。
「詳細は究明中……。まあ、実験が実験だからね……。強い精神的ストレスがあったことは、想像に難くないでしょ」
「それに関しては、同意書をとっていたはずだが」
言葉を挟んだのは、南海太郎朝尊だった。その発言に、審神者はうん、と力なくうなずく。
「そう……。実験でどうなろうとすべて了承し、同意しますってね。最悪、刀剣破壊に陥っても文句言わないって趣旨だった」
「ならば、研究継続についての是非は問うべきなのだろうか」
「先生、一旦そこは置いといて。順番に。私が今日一番問いたいのは、アフターケアよ。資料二枚目」
審神者が提示すると、各々が電子資料の画面をスライドさせて該当ページを開く。
「精神医療分野に特化したAIに相談して、考えてみたの。鶴丸とその他メンバーへのアフターケアは同時に、しかし別に行う。その他チームメンバーへのアフターケアは、第一クールのときのそれと大枠は同じ。デブリーフィング、共同作業、打ち上げ。願わくば、どういう状況だったのかが、デブリーフィングで明らかにならんことを祈る」
審神者の説明の合間も、刀剣男士たちは資料を熟読している。そうして一通り読み終えたらしい水心子が、挙手した。
「鶴丸国永の情報共有は、どのようにお考えだろうか」
「そこも悩ましいとこ。でも、……部隊員には知らせた方がいいと思う。範囲はそこまでだね」
審神者が渋い顔つきで言うと、今度は桑名江から手が挙がる。
「鶴丸さんがASDを発症したという事実共有が、逆にその他メンバーの精神的負担にはならないかな」
もっともな意見に、それはあると思う、と審神者はうなずく。
「だとしてもよ。どんなにぎすぎすしてても、最悪の空気感だったとしても、一緒に戦った仲だから。知る権利……知って受け止める権利があるでしょ。そもそもがそういう実験なんだから、責任追及はしない。でも、ともに戦った仲間として、共に受け止めてほしいとは思ってる」
「実験に参加しただけの、彼らに?」
冷静な南海の言葉に、審神者はいや、と反論を挟んだ。
「実験は実験として。それでも、仲間であることには変わらないでしょ。実験で集められたメンバーである前に、私の本丸の、私の刀剣男士で、みんな仲間なんだから。……あるいは今回の経験が、今後の彼らの生き方や感じ方に、何らかのプラスになるとも思ってる」
黙り込んだ南海の方を、審神者はじっと注視した。彼の飲み込んだ言葉がよくわかる。
「感情論だよ。感情で物を言う、愚かな女の戯言と思ってくれて結構。だけど、少なくとも彼らの知る権利に関しては、勝手に侵害しちゃいけないと思ってる。それに、曖昧な情報が誤解や混乱を招く可能性についても、見過ごせないでしょ。そっちの方が害悪かと思うけど」
感情的と言いながらも論理武装した審神者に、南海は肩をすくめてみせる。桑名が微苦笑を漏らした。
「主、その言い方はちょっと意地悪だよ。誰も君のことをそんな風に思ってないんだから」
「だから、感情で物を言ってるんだって。南海先生の視線にイラっとしたからね。ま、八つ当たりよ。ごめん。で、どうだろう」
審神者の軽い謝罪に、桑名はさらに苦く笑う。
「そういうことなら、納得したよ。僕も、情報開示はメンバーまででいいと思う」
「私も同様に」
桑名に続き水心子が同調すると、続々とほかの研究メンバーが同意を示した。
そこで初めて、審神者の顔に安堵の色が浮かぶ。ほっと思わずこぼれた溜息を飲み込むのと、桑名がこちらを向いたのは同時だった。審神者はむっと顔をしかめ、さっと視線を逸らす。
最後に全員の視線が一期一振に寄せられると、彼はハッとして私も、と口を開いた。
「私も同じ意見です。……このような結果を招いてしまい、まことに心苦しくはありますが、そのように言っていただけると救われます」
どこまでも沈んだ様子の一期に、審神者は眉間をもみながら、いや、と言葉を返した。
「第三クールの編成、助言したのは私だしね。そこは一緒に背負わせてほしい。じゃあ次に、鶴丸へのケアについては次のページを参照」
審神者の言葉に、また一同が資料を閲覧する。
安全確保の一環として、医務室を一時的に閉鎖し鶴丸専用の治療室とする。心身の状況が落ち着けば、専門家の助言を受けながらトラウマを処理するフェーズへと移行していくというもの。
これに関しては、細かな質問は多々あったがこれといった異論はなく、すんなりと通った。
審神者は安堵しつつ、恐る恐ると最後の議題を切り出した。
「最後に、研究の継続についてだけど……」
その言葉に、なんとも言い難い空気が充満する。審神者の本題はすでに片付いたが、本丸全体としてはこちらの方が最重要な項目だ。
「鶴丸の治療がどうなるか分からない状況だから、完全にやめるはなしにしても、一旦中止したいのが本音。もしも第二第三の鶴丸が出てくるとなると、こっちも対処しきれないと思う」
審神者の言葉を受けて、深いため息とともに確かに……との言葉が紡がれる。
「一旦中止は賢明な判断だと思う。治療の経過次第で、継続するかどうかを検討するというのでどうだろう」
南海の発言に、それがいいと思う、と審神者はまっすぐにうなずいた。
「ではとりあえず、研究は一旦中止というところで、上には話を持っていこうと思う。今日はお集まりいただき、ありがとうございました」
審神者が声をかけた時、一期が立ちあがった。そうして深々と頭を下げた。――ふせた面は、どんな表情であるのか。
「お疲れ」
最後まで残った彼の肩をぽんと一つ叩くと、審神者もまた会議室を後にした。
方向性は決まったものの、さまざまなことを考えると、足取り軽く――とは、もちろんいかない。
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