シヴァの見つめる先 - 8/12

 連日研究チームとの協議を重ねたうえで、実験は中止の方針となった。
 研究中止を報告する書類を作成し、審神者と一期の署名を添えて、時の政府・人文科学倫理監査局へと書類を送付する。それと同時に、研究中止の申請書も提出した。
「私はなんという研究を……」
 政府関連施設から帰る途中、何度もうなだれて立ち止まる一期を審神者は根気よく励ましつづけた。
「いや、これは一期だけの責任じゃないから。こうなると予測できずに、申請を通した私たちにも……ていうか、嬉々として助言した私も悪いわけで」
「鶴丸殿に申し訳が立ちません……」
 嘆く一期の言葉はよくわかる。
 鶴丸は、本丸イグ・ノーベル賞を毎年のように受賞する一期の生粋のファンで、今回は自分にも協力できそうということで、嬉々として実験に参加してくれたのだ。
 まさかそれが、こんな形で実験中止になるとは――。
 本丸内では詳細については触れず、「鶴丸国永は心身不調のため長期療養に入る」と告知し、出陣・遠征・内番、その他彼の所属する本丸内組織の役職からも外しているが――一部、彼と親しい刀剣男士の中では、もしや……? と訝る声があるのも事実だ。
 今のところ、実験参加メンバーには緘口令を敷いてはいるが、鶴丸が実験に参加していたことを知るものは少なくない。
 幸いにして、一期個人の研究だったため、本丸内にその実験概要を周知する義務はないが、かといって、問い合わせがあれば答えぬ道理はない。そうしたときに起こる反発を予想すると、気が重くなる。
 といって、これは鶴丸のプライバシーに関わる問題だ。避けては通れぬと、審神者は気を強く持ち直した。
 力強く一期の背中を叩くと、
「嘆いてたって始まらないよ! 偉大な研究者たちにも、挫折はつきものだったと思う。とにかく今は、鶴丸のケアに専念しよう」
 審神者は力強く言って聞かせた。一期はどこかしょんぼりと背中を丸めて、そうですな……と呟き、しかしまたどんよりと表情を曇らせた。
「も~、言ってるそばから! あんたが落ち込んでると、こっちまで具合悪くなってくるわ。こんな時こそ裸芸! 裸はすべてを明るく照らす!!」
 よっ一期日本一! 審神者が大げさに励ますと、そうですか……と一期はつぶやき、しかし、そうかもしれませんな、と段々乗り気になってきた。
「それでは不肖、一期一振、脱ぎます!!」
 村正ばりの速さで脱衣しようとした一期を、
「ここでじゃないよ! ここでじゃないから!!」
 審神者はバックドロップで沈め、ことなきを得た。

 

***

 

 時の政府専用の転移ポータルから、本丸へ。
 目を閉じると、何度体験しても慣れない『ぞっとしない』感覚とともに、勝手知ったる我が家への到来を悟る。
 仕事に戻るか、としたとき――
「主様ーっ!!」
 素っ頓狂な物吉貞宗の声を聴いて、すわ一大事かと審神者は身構えた。声を聴いた一期一振もまた同様に、本体に手をかけて警戒している。
 そんな中、声の主である物吉が走ってきて、審神者の腕をつかむ。平素礼儀正しく穏やかな彼にしては、異常なほどの反応だ。
「っ物吉君、どうした!」
「主様、なにも聞かずに来てください! 鶴丸様が、鶴丸様が~~~!!」
 なにか起きていることを察知すると、審神者は物吉を追い越さんばかりの勢いで現場へと急いだ。
 向かった先は、医務室。
 ベッドが三つ並んだ休養室の真ん中あたりで、鶴丸が己の本体を抜いて構えている。その鋒が向かう先――骨格標本がある。床にはこぼれたお茶とひっくり返ったお盆。なんとなく状況を察して、審神者は物吉に下がっててとかすかに声をかけた。
「……鶴丸、」
 低く穏やかな声で声をかけると、病衣姿の鶴丸は刀を構えたまま、ぴくりと肩を震わせた。そうして、彼の視界の端からゆっくりと近づき、
「鶴丸、私よ。審神者、あんたの主。肩、触るわよ」
 声をかけてから、ゆっくりと――冗談のように優しく、肩に手を置く。そうしたとき、びくりと彼は体を震えさせて、やっとこわばりを解いた。
「主……」
 青ざめた顔で、目だけ爛々とさせた彼がつぶやく。審神者は肩をひとつ叩くと、ゆっくりとその手を鶴丸の手元へと滑らせる。
「鶴丸、大丈夫。ここは本丸、それも医務室。あなたを害する敵はどこにもいない」
「しかし、あそこに……。あれは遡行軍じゃないのか」
「ちがうよ、大丈夫だから。刀、下ろそうか」
 節が白くなるほどに柄を握りしめる手――慰撫するようにゆっくりと撫でさすり、下におろさせる。そうして、審神者は抜き身を鞘に納めて、本体を近くのベッドに置いた。そうして可能な限りそっと遠ざけ、鶴丸の体を抱きしめる。
「はい、これでもう大丈夫。よしよし、ちょっとびっくりしたね。もうなにも危ないことはないからね。とりあえず、座ろうか」
 物吉へと目配せをすると、彼は心得たように動く。さっとカーテンを引いてしまうと、視界から骨格標本をログアウトさせた。
 鶴丸をベッドに座らせると、審神者もその隣に腰を下ろし、肩に腕を回して頭や背中をさすった。
「本丸に危ないことなんて、絶対ないからね。大丈夫よ。なにか出ても、私が守ってあげる」
「……刀が、主に守られるのか」
「主だもの。それに私、結構強いのよ。さっきだって、街中で脱ぎだそうとした一期に、バックドロップをかけて黙らせたもの」
「……君らしい」
 鶴丸は笑わなかったが、かすかにそう言って、審神者の肩に顔をうずめた。――ひとまずのミッション・コンプリート。
 審神者は彼が落ち着くまでそばについて、大丈夫と見計らった頃に、鶴丸に許可を取ってからその場を離れた。

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