「あ、これこれ! めっちゃ可愛くない?」
「はあ? なにこっ……やっば! これが可愛いはねーだろ!」
ふたりが座敷席に戻ると、こちらに背を向けるようにして、識と五条が座っていた。五条は席を移ったらしい。二人してスマホの画面を見せ合って笑い合っている。
体を揺らして笑う五条の肩が、識にぶつかる。
重い、と識が押し返す。その合間にも笑い声が漏れる。ぐいぐいと肘でつつき合う姿に、夏油は目を細めた。
そんな中――今度は夏油が、隣から鋭く肘でつつかれた。本日二回目。
「あっ……」
しかし咄嗟に言葉が出てこない。口をもごもごとさせていると、存在に気づいたように五条が振り向いた。
「おー、二人ともお帰り。なに、傑もタバコ?」
五条の言葉に、識もぱっと後ろを振り返り、夏油を見上げる。
「えっ、傑くんタバコ吸うの?!」
どこか期待に満ちた問いかけに、その反応の意味が分からなくて夏油は殊更戸惑う。
確かに、非喫煙者の彼女の前でたばこを吸ったことはないが、厳密には全く吸わないというわけでもない。ただ、彼女の害になることはしたくなくて――。
口ごもっていると、はあ、と隣で大きなため息が聞こえた。
「ごめん、識。これから出動かかった」
「えっ」
家入の唐突な言葉に、識は眉をハの字にする。その表情の変化に、彼女が今日という日をどれだけ楽しみにしていたかが伺える。――二人きりになる機会をやるから男を見せろ、と。
提案したのは家入だったが、識の反応を受けて、無表情ながら辛そうだ。分かりづらくはあるが。
「だから五条、送って」
「ハァ?! んで俺が、」
瞬間的に反論しようとした五条だったが、家入が鬼の形相でにらみつけて封じる。怪訝にした五条は、家入と夏油とを見比べて、はた目にも分かりやすく理解した顔になった。
「あらま、そうね! いくら硝子と言えど女の子の夜道は危険だからね!! じゃ、僕たちはこの辺で」
「仕事なら仕方ないけど……寂しいなぁ……」
しゅんとした様子で言った識に、家入はかすかに眉根を寄せて、とうとう彼女から視線を外した。罪悪感に耐えられなかったのだろう。
しかしそこに、五条が割り込んだ。
「識くん、硝子くんには患者を救うという崇高なる使命があるのだ。友として心よく見送ってやらねばなるまい」
五条が識の肩をポンポンと叩きながら言うと、うん……と識はうつむきがちに頷く。それに五条までもが心苦しそうな顔をして、夏油をにらんできた。
『ちゃんとやれ』
口パクでそう言うと、よし、と五条は立ち上がった。「それじゃあ、会計!」
五条の声掛けに、四番さんおかいけーい! と高らかな声が続く。
「ごめんね、識。せっかく集まったのに」
「ううん、大丈夫。寂しいけど、硝子ちゃんは術師の希望だから。……でも、無理はしないでね」
「ありがと」
きゅっと抱き着いた識に、家入は優しく抱き返した。
それに五条も便乗し、健気健気と識の頭を丁寧に撫でる。撫ですぎて「もういいから! セットが乱れる!!」と怒られてもへこたれない。
「ま、識はまだまだ飲み足りねーみたいだな。傑と二次会行けよ」
いたずらっぽく言った五条に、
「っうぇ、えええ?! ふ、ふたりで?!」
識は声を裏返らせて、過剰と言える反応を示した。
家入が笑う。
「私たちの分まで楽しんで」
「じゃ、そういうことで。ここは、一抜けの硝子が払うから。じゃあな、ふたりとも」
そう言って、五条が強引に二人を店から押し出した。
かくして――夏油と識、ふたりだけの二次会が始まる。
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