Crazy for you - 2/5

 ところで――源清磨という刀剣男士は、ちょっと危険かもしれない。
 一緒に過ごしていくうちにそれに気づけたのは、不幸中の幸いだっただろうか。しかし気づいたとはいっても、気づいたときにはすでに、取り返しのつかないところまで足を踏み入れてしまっていたがために、大した意味などなかった。
 もしも何かが起きたとして。審神者は考える。――彼との関係が終わりを迎えたとき、自分はすんなりと身を引くことができるのだろうか。
 恋人に膝枕をしてもらい、眠りに誘われようとしているときに考えることではないかもしれないが、こういったタイミングでもなければ差し迫ったこととして認識されないから、いい機会なのである。
 髪をゆっくりと撫でる手の心地よさに、睡魔がさざ波のように押し寄せてくる。とろんとした眠気の間をかき分けて、極細の思考回路をかき集めて考える。考えて、考えて。
 審神者の出した結論は――無理ではなかろうか、というものだった。
 こんなに優しくて心地のよい手に撫でられて。愛しくて切なくなるような香りに包まれて。これらを手放そうと思っても、そうそうすんなりとはできそうにない。
 また、私生活に関してもそうだ。こういった関係になり、清麿が奥の私室へと出入りするようになると、彼は審神者のプライベートな領域までサポートし始めた。
 最初のうちは、夜食を提供してくれたり、一緒に過ごした翌日に、簡単な朝食を作って行ってくれる程度のものだった。しかし彼が奥のキッチンを使用するようになると、そこの掃除や備品の補充をしてくれるようになり、いつの間にかそれが、奥の広範囲に手が及ぶようになった。
 洗剤の残りが少ないなと思っていたら、いつの間にか買ってきてあったとか。休日に冷蔵庫を片付けようと思っていたら、きれいさっぱりと片付いて、なおかつ新しい食材が詰めてあったとか。
 肩が凝っていると言えばマッサージをしてくれるし、疲れすぎて髪も乾かさずに寝ようとしたときは、丁寧にドライヤーをかけてくれた。
 ちなみにこれらはほんの一例でしかなく、このテのサービスを思い返すと枚挙にいとまがない。
 とにかく甘い。甘すぎるのだ。
 こんな接し方をされたのは生まれて初めてで、ひたすらに心地よくてたまらない。これを失ったら、もはや生きていけないのではないかとも考えるほど。このままいくと廃人になってしまうのではないか――とも危惧するほどに。
 世間一般でいうところの《スパダリ》というのは、まさに彼のことではないかと審神者は考える。そうして、この特性は刀剣男士以外の職業としても生かせそうだ。
 ホストをやらせればたちまち指名ナンバーワンの座を勝ち取りそうだし、―—言葉は悪いが――ジゴロとして養ってもらいながら、疲れた女性を癒しているところも想像できる。
 そんなところに、審神者のもう一つの危惧が存在する。
 端的にいえば、清麿はあまりにも女性からモテすぎるのだ。おそらく彼の天賦の才であろうが、それがあまりにも危うい。
 あるとき清麿が、落とし物をした女性にそれを拾って渡したことがあった。審神者はそれを遠目から見ていただけだが、一瞬でその女性が彼に心を奪われたのが分かった。あれは確実に、間違いないと断言できる。
 どんなやり取りがあったか詳細は不明だが、交わした言葉など一言か二言か。たったそれだけのやり取りで、見も知らぬ女性の心を奪ってしまうなど、そうそうお目にかかれない芸当だろう。あれはかなり衝撃的な体験だったといえる。
 そういったことも踏まえると、清麿行きつけのお店に行ったときの――女性店員の彼を見る目だとか態度だとか。もしかして、と疑ってしまうのは考えすぎだろうか。
 清麿がモテるのは恋人として鼻が高いこと――と言えるだけの器が、残念ながら審神者にはない。彼の誠実さを疑うわけではないが、心変わりしてしまったらどうしよう――どうしようもないな、と諦観交じりに考える日々は、あまり穏やかとも言えなかった。

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