基本的に、甘やかしたり翻弄したりと魅惑の恋人である清麿だが、そんな彼を(恐れ多くも)可愛いと思う瞬間がある。
それが今現在――つまり、彼が水心子について話すときだ。
「水心子はね、すごいやつなんだよ」
というお決まりの文句から、次々に披露されていく水心子正秀の「すごい」エピソード。この話題について語る清麿はどこまでも純で、どこまでも邪気がない。
ふとした時に水心子の話になって、彼の口から様々な水心子正秀が語られるから、必然的に彼に関する情報が増えていく。今のところ、彼の博学なエピソードから、昼に食べていた食事のメニューまで、細かなところまで網羅しつつあるほどだ。
それだけで済まないことには、清麿から伝えられる水心子の情報には、彼の持ちうる水心子への信頼だとか敬意だとかが存分に含まれていて。それらを正直に受け取り続けた結果、審神者までもが水心子への好意を募らせるところとなった。
また、清麿にとって水心子がどういった存在かを物語るのが――
「吹聴するつもりはないんだけど、水心子にだけは君のことを話してもいいかな?」
といった相談に現れていようか。
清麿との関係については、隠し立てするつもりはないが、かといって公表するつもりもなかった審神者である。恋人同士となって初めの頃だったらどうだか分からないが、すでに水心子への好意を明確なものとした以上は、この申し出に意義も不服もなく二つ返事で了承したものだった。
了承した後でなんではあるが、水心子はどう思うだろうか――と当初はうすぼんやりと不安に思ったものだ。
しかし結果としてそれは良い方向へと作用し、それまで一方的に水心子を親しく思っていたのが、徐々に彼と打ち解け、名実ともに親しくなれたのだった。
これに関して、審神者は特別なことはなにもしていない。いつも通りに接していたら、ある瞬間から、水心子の態度が軟化したように感じられた。
それに便乗して、一方的に抱いていた審神者の好意を向けてみると、水心子も警戒することなく受け入れてくれて、結果として丸く収まった。
***
『う、うん』
障子の向こうからわざとらしい咳払いが聞こえ、審神者がハッとする。清麿はそれを見て、障子の方は向かずに声を殺して笑ってみせた。
「もしかして水心子?」
聞き覚えのある咳払い――決まりが悪い時にする癖だろう――に名前を呼んでみると、もう一度咳ばらいを挟んで、そうだがと答えが返ってくる。
入ってどうぞと声をかけると、では失礼するとの返事が。入ってきたのは予想にたがわず水心子正秀、噂の人物であった。
「また私の話をしていたな?」
水心子がじろりと清麿の背中をねめつけると、清麿はくつくつと喉を鳴らしながらそうだよと悪びれずに返す。
「水心子はすごいやつなんだよ、って」
「私の話はもういいだろう。我が主も、話半分に聞いていてくれ」
帽子と襟で隠れているが、ちらりと垣間見えた目元がうっすらと赤く染まっているところを目にすれば、審神者の口角も自然と緩む。可愛いな、と微笑ましく思っていると、今度は審神者の方へと矛先が向いた。
「っ我が主よ、その締まりのない顔はなんだ!」
急にぴしゃりと指摘されて、審神者はちょっと目を見開いた。慌てて口元を隠してみせるが、笑みの形を作った目元までは隠せない。
するとすかさず清麿が、可愛い笑顔でしょとのろけてみせた。
「こんなに可愛い顔を見れるのも、ひとえに水心子のおかげだね」
「っぬぇ……! なななっ、なんだそれは! 人のことを揶揄って‼」
完全に悪乗りする清麿に、水心子は分かりやすく狼狽した。どうにも可愛くてただただ微笑ましいのだが、執務室に来たということは何か用事あってのことだろう。
「清麿、」
審神者はやんわりと彼の名を呼んで窘めた。
「ごめんごめん」
清麿の謝罪は軽いが、揶揄する雰囲気は一瞬でひっこんだ。審神者もまた仕事モードを取り繕って、水心子へと意識を向ける。
「水心子は何か用事だった?」
「あっ……。う、うん。そう、今度の企画会議についてだが」
水心子が本題に入ろうと、清麿は静かに立ち上がって水心子を前に押し出して自分と入れ替える。彼がここにやってきたのは報告書の提出のためで、すでに用は済んでいる。
目が合うと、清麿は目を細めて口元を柔く笑みの形にしてみせ、去っていった。
そうして水心子とのやり取りが一通り終わった頃のこと。ちょうどよいタイミングで近侍が使いから戻ってきたため、水心子も交えてお茶休憩に入ることとした。
待っている間に水心子はぽつりと、しかし不服そうな目つきを向けて聞いたものだ。
「貴女方はいつもああなのか?」
ああとは? 審神者が首を傾けてみせると、水心子はちょっと照れたように視線をはずして、先ほどの……と口ごもった。おそらく清麿とのやり取りのことだろう。
「いつも水心子のことを話してるかってこと?」
確認すると、水心子はどこか慌てたようにしてみせる。自意識過剰な質問だったかとでも思っているのだろう、彼の考えることが手に取るように分かって、そんなところもまた可愛らしい。
「いつもってわけでもない……。ってわけでもない、かな?」
「っどっちなんだ!」
「共通の話題だから。ごめんね、私も清磨もそれほど水心子のことが大好きなんだよ」
しゃあしゃあと返すと、水心子は一瞬慌てふためきかけて、それを自覚しどうにか自制心で抑え込んだようだった。咳払いを二三度して気持ちを落ち着け、
「……ふたりとも、どうかしている」
と、どうにかこうにか一矢報いてみせる。
そんな姿も、彼への好感度がMAXを振り切った審神者には、どこまでいっても可愛いものとしか認識されない。
「……うん」
「っわ、笑っているのか⁈」
不意を突かれて怒るところさえも可愛く映るため、大した報復となりえなかったことだけは確実だ。
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