きっかけは些細なことだったのかもしれない――。
その晩、審神者は刀剣男士たちの酒宴に呼ばれて、彼らとともに酒を酌み交わしていた。
全体での宴ではなく、少人数の席だと聞いたため辞退するつもりであったが、水心子が参加するという話を聞いて、一気に参加の方へと気持ちが傾いた結果だ。
ちなみに、清麿は遠征任務のため不参加。お酒の席が得意ではない水心子が、単身で出席するのは心細いかと気を回した結果である。(酒宴は、直近にあった難しい任務の成功を祝うもので、水心子はその立役者だったため参加しないわけにはいかなそうだった)
審神者が参加の意向を示すと、水心子は目に見えて安堵したようなそぶりを見せたが、次の瞬間にはすかさずきりっとしてみせた。何なら審神者に、清麿はいないが大丈夫なのか? と聞いてくるほどに。
「え、なにが?」
「いやその……。あなたは、清麿と……」
赤くなって口ごもった水心子の意を察して、審神者は軽く大丈夫だよと返した。すでに清麿からは快諾をもらっているし――なんなら、清麿から「水心子をよろしく」と頼まれたほどだ。
「そ、そうか。ならばいいが……」
納得しつつも、水心子はどこか使命感に燃えた瞳をしていたのが印象的だ。
参加者の顔ぶれから言って、酒が入ると結構やんちゃな宴になろうことは想像できる。清麿がいないなら自分が――とでも思っているのかもしれない。静かな闘志を燃やす水心子を、審神者はどこまでも暖かく見守った。
結果として、水心子は主を酔っ払いの魔手から守るよりも先に、自身がアルコールにダウンした。
そうして部屋の隅で横になり、審神者から介抱される、というところに落ち着いた。
任務成功の立役者! とばかりに、当時の部隊構成員から次々に酒を注がれたことが原因だ。
「真上じゃなくて横向きになろっか。動くのしんどいかもだけど、吐いて窒息しちゃうといけないから」
労わりながら体を横向きにしてやると、水心子はうーん……と苦々しい声を出した。
彼の軽く背中を撫でてやると、審神者はのっそりと背後を振り向き、諸悪の根源たちへと半眼を向ける。
「最初から飛ばしすぎでしょ」
さっくりと指摘してやると、悪い、と和泉守が両手を合わせながら平身低頭で謝意を示した。悪気のなさは理解したが、後の祭りだ。
「私には構わず、みんなで楽しんでくれ……申し訳ない」
弱弱しい水心子の言葉に、宴席は徐々に活気を取り戻していく。人間ではないから急性アルコール中毒で大惨事、ということにはならないのだけが救いか。
水心子を気がかりに思いつつ、しかし構いすぎると彼のプライドを傷つけてしまう恐れもあり、二回目に「構わず行ってくれ」と言われた段階で、審神者は水心子のもとを離れた。
酒を酌み交わし、料理に箸をつけ――そうして、話題は多岐に渡っていった。はじめは、当該の任務についての話であったが、徐々にわき道へそれて、最終的には、
「やっぱりなんにせよ、情報収集がかなめだな」
という方向へと落ち着いていった。
様々な話が出てくる。任務での概要は報告書で知るが、その細部に至るところまでは、こうやって話を聞いてみないことには分からないものだ
戦うために生まれた刀剣男士という存在――しかし、ただ戦うだけでなく、ときには諜報活動の真似事もやる。それぞれ性格的に向き不向きがあるから、部隊を組む段階で頭を悩ませることが多いが、慣れたものが隊長の場合は、勝手に構成員を見繕ってくれるからありがたい。
興味深い話に、へーと感心したように声を上げた、次の瞬間だった。
「しっかし、いつぞやのときの清麿には舌を巻いたもんだな」
ダイレクトにその名前を聞いて、審神者はほんの少しだけドキリとさせられた。勿論、彼らに清麿とのことは知らせていないから、偶然だろう。
「そうなの?」
平静を装って返すと、そうなのよ、と和泉守は機嫌よく返した。酒もそこそこ進み、彼も気持ちよく酔っているらしい。
あの時の任務だよ、とさわりを説明され、ああ、あれのことかと大体のあたりをつける。記憶を掘り起こすと、任務成功のカギを握った情報作戦は、その大半が清麿によって操作されたものだった。
答え合わせをするように口にすると、その通りと和泉守は自信満々に頷いた。
「情報を仕入れたのも攪乱させたのも、全部清麿の功績よ。あの御仁ときたらよ、草の女を手練手管でものにして、二重スパイに仕立て上げちまったんだぜ。かぁ〰〰ッ、なまっちろい顔をしておいて、なかなかどうして侮れねえよ」
男の中の男だ、と妙なほめ方をする和泉守に、審神者は遅ればせながら状況を把握した。
その、瞬間。
視界の端でなにかがもぞりと動いた気がして、そちらに視線をやると――グロッキー状態だった水心子がゆらりと立ち上がったのが見えた。
「すい、」
声をかけようとすると、手を引っ張られて無理矢理立たされる。
「え? ええ?」
そうしてなにを言う間もなく、半強制的に宴席から離脱させられたのだった。
***
ほどなく廊下歩いたとき、水心子がおもむろに立ち止まる。口元に手を当て、体を曲げかけて――
「あと少しでトイレだよ!」
審神者は慌てて察し、水心子の脇の下に体を入れ、半ば抱えるようにしてトイレまで駆け込んだ。
――仕切り直して――
「なんというか……その……」
吐き戻したことでどうにか酔いがリセットされた水心子が、廊下にうなだれ青ざめて呟く。
「大丈夫だよ。ちゃんとトイレまで間にあったんだから。和泉守なんてあんな偉そうにしてるけど、顕現されたての頃なんて、私の胸元めがけてゲロ吐いたことあったから」
「えっ⁈ あ、いやその……」
「本当に大丈夫だからね」
笑み交じりに返した審神者に、水心子はもの言いたげにする。彼が本当に言いたいことはそうでないと、分かっている。分かっているがしかし、あえて分からないふりをした。
水心子もきまりが悪かったのか、それ以上言及することはなく、その場はお開きとなったのだった。
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