それでも愛さずにはいられなかった - 1/6

 まぶしいほどの晴天だった。
 空は抜けるように青く、遠くに見える入道雲が夕立のおとずれを予感させる。日差しの強さとむせ返るような暑さに顔をしかめた、真夏の午後のこと。
 この日、審神者は余命宣告を受けた。
 もはや手の打ちようがないのだという。根治は無論、病気の進行を遅らせる治療さえも適応ではなく、残されたのは苦痛の緩和のみ。苦しみを和らげながら、徐々に弱っていく体に鞭を打って、身辺整理をするというような段階にきていたのだった。
 健康診断は受けていたが、忙しさを理由に無視していた。体の不調を感じることもあったが、倒れるほどのものではなかったから、やはりこれも無視しつづけていた。その結果がこれだった。
 まっさきに考えたのは、仕事のことだった。自分亡きあとの本丸が、刀剣男士たちがどうなるのか。なるほど、だからこそ身辺整理が必要なのだと、審神者はその足で時の政府の窓口へと駆け込んだ。
 そこからはスピーディだった。こういったケースも少なくないそうで、手続きは非常に簡素であっさりと完了した。審神者亡きあとは、政府が選定した後任が本丸に入り、運営していくことになるのだという。
 後任は自身で決めることもできるが、その場合は準備に数か月単位で準備期間がかかるとされる。さまざまな提出書類に加えて煩雑な手続き、後任者の面接や試験が実施されるそうだ。
 これは老いた審神者が自身の子ないし孫に本丸を継がせるときのやり方だそうで、あきらかに彼女向きではなかった。もっとも、後継者のいない彼女にとっては、まったく関係のないことだったが。
 手続きのすべてを終えて帰途につく頃になると、外は急に暗くなり湿った風が吹いていた。夕立が来るなと思った次には、ぽつぽつと大粒の雨しずくが落ちてきて、瞬く間にひどい土砂降りへとさま変わりした。
 人々が慌てて軒下や店の中に駆け込んでいくのを目の当たりにしながら、審神者は走った。奇異の目を向ける人々の目も、びしょ濡れになるのも構わず、一路本丸を目指して。
 所詮は夕立だ、少し待てば雨は止むというのに。――なぜだかその少しが待てなかった。そうしてしまうと、永久にそこから動けなくなるような気がして。あるいは、一刻も早く帰りたくてたまらなかった。

 

 本丸に戻ると、濡れ鼠になった主に驚く刀剣男士たちに構わず、緊急招集をかけた。遠征や出陣のため全員が本丸にいるわけでないと分かっていたが、勢いがなければ到底言い出せないと思ったからだ。
 集合は一時間後。奥に戻るのも面倒で、共用のシャワーブースを使う。お湯で温まると、ようやっと手足にまで血流がいきわたったような気がした。
「主、なにがあった」
 シャワーブースから出ると、入り口で番をしていた山姥切国広の声がした。付き合って十年以上となる彼には、すっぴんどころかほぼ下着姿に近いような軽装を見られても、どうということはない。それだけの信頼と慣れがある。きっと、向こうもそうなのだと思える。
「……余命半年」
 短く告げると、山姥切は形の良い眉を寄せた。どういうことだと顔に書いてある。それ以上口を開かないのは、主の言葉を待っているからだろう。
 さもあらん、と審神者は薄く笑った。――こんなこと、当人こそが一番信じていないというのに。
「不治の病なんだって。それもきわめて悪性で、治療で出来ることは苦痛を取り除くことのみ。ひとりで動ける期間も多分そう長くないから、身辺整理の一環として、本丸の譲渡手続きを済ませてきたところ」
「ほかに手はないのか?」
 山姥切の声は冷静だった。もしくは、信じがたい側面が強いのか。頼もしいなと思いながら、審神者は言葉をつづける。
「ないね。金を積んで、その道の権威三人に診てもらった結果がこれなの。AI診断も一致してる。これで誤診なら、億単位の損害賠償が請求できるかも」
「本当に半年なのか」
「それはわからない。同じ病の人間が、五年後に生きてる可能性は五パーセントより少ない。次の検査でどれだけ進行しているかにもかかってくるけど、それがわかったところで治せるわけでもないから、聞きたくはないかな」
「…………」
 山姥切の返答はなかった。いったいどんな顔をしているのかとそちらを見ると、ぱっとそっぽ向かれてうかがい知ることはできない。
 それから長い沈黙があった。審神者に背を向けたまま、山姥切は口を開く。
「……なら、余生はあんたの好きなように過ごせ。仕事は俺が肩代わりしてやる。どうしてもあんたでなければならないことは相談するが、残りは俺が勝手に采配する.。それでいいな」
「ありがとう、山姥切」
「これしき……どうということはない」
 やさしい初期刀の声は、わずかに震えていた。

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