つつがなく(ということにしておく)期末考査が終ると、通常通りの授業と訓練、任務が再開された。
ちなみに私は、ほか三人と比べると、任務に引っ張られることが多い。これは、入学後最初の面談で言われたことだから、覚悟はしていた。
要するに、もともと呪術師として活動してたんだから、任務出れるよね? ってこと。
準二級くらいまでなら単独、それ以上は補助が付く形で。高専の公用車に揺られて、地獄の現場までランデブー。
反転術式使いの硝子が例外なのは、分かる。明らかに後方支援組だから。
一般家庭出身の夏油が、常識の範囲内での任務要請なのも、分かる。ただ問題は――五条悟。
五条家の坊ちゃんが、私のように呪霊を狩りまくっていたということはないだろうが、……彼の実力なら、もっと現場に出してもいいのでは?
まあ、相手が五条家ともなると、上層部も下手な真似はできないのだろうが。そりゃ怖いよねー。
それでお鉢が回ってきた、ではないけれども。危険手当が増えるならまあ……。よしとするけども。
「なんだかお疲れみたいですね」
運転席から、補助監督さんが声をかける。
もう何度もご一緒しているので、おなじみの方だ。岩清水さん。めっちゃ心が綺麗そうな苗字だが、飲む・打つ・買うの三重苦。
最初二つは許容するとして、最後は……十代相手にする話題じゃない。こういうところが、呪術界隈の闇。
「今週入ってもう四回っすよ……」
「ってことは、来月の給料楽しみだね」
「いや、さすがに疲れましたよ。東京って……呪いが多いんですね」
「そういえば遠野さん、地方出身だっけ。やっぱり、地方と首都じゃ違います?」
「違う違う。人が集まるところに呪いは集まる……母数が多けりゃ、その分濃度も濃い。ハハハ、見ろ、ヒトがごみのようだー」
車窓を開けて、外に向かって悲しく吠える。どこを見ても人、人、人。車、車、車。あ、自衛隊車両だ。お国のため、ご苦労様であります。
すっと敬礼する私をバックミラー越しにチラ見したのか、なにしてんの、と岩清水がつっこむ。
「これは、海上自衛隊式の敬礼。狭い艦内を考慮して、脇は90度、肘を前に45度」
「ミリオタ?」
「いえ、一般教養です」
「俺の知らない世界の教養だな。ってかあれ、陸上自衛隊じゃないの?」
「その通り。ただ、島国の日本には、海上勤務の方々にこそ更なる敬意を……そんな意味合いを込めて」
「本当にお疲れだね。休憩する?」
「いや、早く帰りたい……」
「おっけー、飛ばすよ」
「ワイルドスピードはやめてください。安全運転で」
三重苦にプラスして、スピード狂のケもある岩清水補助監督。頼むから静かに運搬してくれ。
時刻にして、十五時ちょうど。
今時分は確か……チーム戦略論とか、そういうのだっけ。あの先生、話長いんだよな。実技訓練の後とか、もはや睡眠導入の音楽にしか聞こえない。
でもあと三十分足らずで放課なら、……。なんかこう、みんなに会いたい。でも疲れた。
結局、ぼーっとしてたら終礼のチャイムが鳴って、とぼとぼと寮へと向かう。
――任務自体は、そう難しくはなかった。長距離移動だから疲れただけで。
現場は、郊外の有名な幽霊屋敷。
ところどころが焼けただれて、しかし贅の限りを凝らした外装とのギャップが、いかにもな雰囲気を醸し出す。
数年前に、家主の妻と愛人が死闘を繰り広げ、愛人が火を放った。部分焼け程度で被害は済んだが、愛人は焼死。妻は自殺し、家主は精神を病んだとか。
土地と建物は不動産屋の手に渡り、更地にしようとした段で、死亡事故が起きた。建物を取り壊そうとすると、事故や建築・不動産関係者に不幸が起き、そしてとうとう手つかずのまま売地となった。
いわくつきの事故物件ともなれば、怪談好きの若者が飛びつく。関係者以外立ち入り張り紙は、彼らの目には『どうぞお越しください』のウェルカムボードにしか見えない。
肝試しで訪れた若者が失踪したり、負傷したり。
関係者の不幸は無関係だったが、工事関連の事故や失踪については、完全に呪霊の仕業だった。
呪霊の正体は、お察しの通り、焼死した愛人。
焼身自殺って、本当に覚悟が決まってると思う。
恨み晴らさでおくべきか、という怨念がひしひしと伝わった。身を恨み、世を恨み、……もう見境なく全部呪いたい、みたいな。気合の入った面構えをしていた。
とはいえ、デカブツではあったが、知能は低く、複雑な仕掛けもなし。住宅地だから幄を張るのが少し面倒くさかっただけで、壮絶な死闘……とはいかなかった。
観測した因果律――。
呪霊の成り立ちと、こいつが生まれたことで発生した事実、これが居座り続けることで起こりうる未来。
そうならなかった分岐線も、あった。
あるいは、複数の未来へとつながる分岐線。
私が呪霊を払わず、新たな犠牲が生まれる未来。
呪霊を払って――しかし、この屋敷を解体する際に起こる些細な事故(いわくつきという心理的負担が、ミスを誘発する)。
結局解体されず、忍び込んだ人間が怪我や病気で苦しむこと(不注意や不摂生によるもので、呪霊は関係ない)。
結局、どの線を選んでも、『そういう』土地になってしまったここに、「なにも起こらない」という未来はない。
だから私は、最適解を選んだ。それ以上でも、それ以下でもない。
じゃあ、元から断っていれば――。
いや、それを考え始めると、もう戻れなくなる。
一介の呪術師に介入できるラインではないから。そんなことができるのは、神だけだ。
きっと、最悪の未来へとつながる分岐線が生まれる瞬間に、立ち会ったとして。――それをいじるのは、即死判定だろう。
人の生死が関わる因果律に干渉するのは、ご法度。これは、教わる前から体感で分かっていた。
「見える、だけ……」
すべての欠陥と、すべての正解が見える。見えるのに、触れない。
間に合わなかったら。手が届かなかったら。届いてもどうしようもなかったなら。その全てが、見える。
こんなチート級の能力を与えたもうたというのに、そのラインは超えてはならぬと、神的なナニかは警告する。無理矢理踏み込めば、罰を与える。
じゃあなんで、与えたのか。
見えるなら、触らせろ。触れないなら、見せるな。
「なんでもっと、きちっとした世界を作らなかったんだろう」
七日間で世界を作ろうとなんて、するから――。
身じろぎすると、ベッドがきしりと軋んだ。
疲れているせいか、いやに感傷的になる。こんなこと、考えたって仕方がないのに。
見えすぎるからいけない。でも見えないと戦えない。
己はなにか。呪術師だ。なんのために呪術師になった。呪霊を払うため。
すべて建前だ。……私の考えた最適解に、導きたい。
ああ、なんて傲慢な考えだろう。傲岸の極み、五条悟でさえ、ここまで不遜なことは考えないに違いない。
それでも、やると決めたから。
「……しんどいけど、やる」
あぁ~とやるせない声を上げて、うだうだしていた時。
携帯の通知音が鳴る。メール受信。
また任務か? そう思って手を伸ばす。端末を手に取ると、――送信元は、『五条悟』。添付ファイルに画像。
本文はなし。
そこに写っていたのは、頬杖をついて眠る夏油の姿だった。
「……これ、絶対無断撮影」
思わず、乾いた笑いがこぼれた。笑っているうちにもうちょっとくらい可笑しくなってきて、さらに笑いがこみ上げてくる。
『肖像権の侵害』
送信してやると、ほどなくして返信がくる。
またも、本文なしの画像のみ。
次は、同じように机に突っ伏して眠る硝子の姿が。
「全員撃沈。まあ、やむなし」
なんてことはない日常の風景。それなのに、こんなにも安堵するなんて。
今日ばかりは、五条に感謝したい。
携帯を置いて、天井を仰ぐ。
何が正しいとか、何が間違っているかなんて。
正義や倫理、整合性。全部大事だけど、それでもままならぬのが人情というか。感情を与えられたのだから、やはりそれは大事にしたい。
――やっぱり、これを守りたい。
どうにもならないことは深掘りせずに――たぶん無理だけど――目的のために動こう。
ゆるっとした決意を胸に秘めた時、更なるメールが。
『顔面国宝』
次なる添付ファイルは、五条悟のぶれっぶれの自撮り画像だった。
はぁ~……という長く深い溜息は、しかし笑い交じり。
お返しに、日本史の資料集に掲載されていた、曜変天目を撮って送りつけた。本物の国宝なめんな。
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