夏油傑離反回避ルートに入ります。 -4-

 満を持して、やってきた家電量販店――。
 そう、今日こそ買うぞパソコン。買うぞプリンター。そうして、レポート提出の手間暇を劇的に短縮してみせる。
 こういう時は、客としてのヴィジュアルも大事だ。
 店員に舐められたら終わり。半端なものを売りつけられないよう、悩みに悩んだ結果――ネルシャツにジーンズ、伊達眼鏡(フレームは丸)、リュックサック、そうして腕時計。マストアイテムは指ぬきグローブ。
 古のアキバ系オタクファッションに身を包み、私は前のめりで電車へ乗り込んだ。いや、今はこれが主流か? 決して、決してオタクコスプレがしたかったわけじゃない。
 異様に態度のデカい、どっかりと足を組んでパソコン雑誌を読むオタク少女は、電車内でかなり浮いた。しかし近隣に誰も座らなかったのでよしとする。

「うわー、XPじゃん! なっつかし。これよこれ、私のファーストPC。一番いい子だった……。Pentium4って……Coreシリーズもまだ出てないんか、この時代。ひょぉー、タイムスリップした未来人みたいだわ」

 パソコンコーナーに居座り、ぶつぶつと呪文を唱えるアキバ系少女の図。これはこれで地獄だが、私の放つ異様な殺気、誰も近づくなオーラを前に、店員も遠巻きにして観察している。
 店頭に並ぶ、大容量! 超高速! の文字。時代の流れを感じる。上を見れば限りがない。しかし人はいつだって、もっと良いものを追い求めてしまう。

「このスペックで20万ね……。20万でスペック倍以上のゲーミングPCが買える時代は、十年以上あとか。20万か……。今月、出費嵩むなー」

 しかし、課題提出を楽にするためには、買わないという選択肢はない。
 口を出したくてうずうずしている店員にガン無視を決め込み、厳選に厳選を重ねる。
 最悪、容量が足りなくなったらメモリ増設して、外付けも買えばいいかな。
 そんなことを考えていると、

「雪名?」

 肩を叩かれて、はっとする。
 ぴくりと肩を揺すってそちらを振り向くと、ラフな格好をした夏油がそこにいた。

「お、夏油君。買い物?」
「扇風機を買いに」

 すでに購入したあとらしく、扇風機を大々的に広告する縦長の箱を、小脇に抱えている。
 賢い彼のことだ。部屋のエアコンを効率的に使うか、クーラーの風が苦手か、そんなところだろう。扇風機の風にあたる夏油……いいね。

「パソコン買うの?」

 夏油は一瞬、私の頭からつま先までちらっと見て、問うた。
 分かる、君の言いたいことはよく分かるよ夏油傑くん。ただこれは、家電量販店を制覇するための、聖衣なのだ……。

「まあね。授業出られない代わりに、レポート課題多くってさ。手書きより断然早いし、ネットも使えるしでこれからの時代、マストアイテムだよ」

 すちゃっと眼鏡のブリッジを指で押し上げると、夏油は吹き出して顔を背けた。

「なにそのグローブ……」
「指ぬきグローブさ。オタクの聖衣……クロスと読む。ちなみに拳のところに保護剤など一切含まれていない、純粋な布。何を守れるか、何に効率があるのかは分からない」

 淡々とした説明に、夏油は口元を抑えて肩を揺らしている。こうしてると普通の男子高校生だな。

「パソコン詳しいの?」

 やっと笑いを引っ込め、しかしまだ引きずってそうな表情で彼が問う。

「いや、全然素人。素人ゆえに、変なものを売りつけられないよう、パソコンに詳しそうな正装で来た。見て。私の圧倒的パソコン詳しそうなオーラに、店員の誰も近寄ってこない」
「いかついからじゃない? そのファッションに雪駄は、結構ヤバイ人だよ」
「本来は、ダンロップやニューバランスの靴が良いんだけどさ。暑いじゃん」

 ここでまた夏油は吹いた。笑いの沸点低いな、ゲラか。
 ひとしきり笑ったあと、彼はまた何気ない声色で問う。

「何買うかは決まったの?」
「まだ悩み中。レポート提出用だから、そこまで高スペックでなくてもいいけど、こだわりだすときりがないよね。あれば便利だし。DVDを焼く機能は要るか、メモリ容量はどれくらいか。Officeソフトもなぁ……。手書きレポート前提だから、Officeでなければだめってことはなさそうだけど、慣れてると言えばこれだし。でもつければ、重くなるし高いし。HDD容量だってそう。メモリ増設前提か、最初からでかいのを買うか……。悩ましいね。夏油君は詳しいの?」
「今の悩みを聞いて、雪名より詳しくないことが分かった」
「いやいや素人よ。上には上がいる」
「十分だよ。これからパソコン博士と呼ぼうか」
「やだ。ダッサ、それ」

 しゃがみ込む私の隣に、夏油が自然にしゃがみ込んだ。

「まあまずは、必要最低限の機能に絞ってみるとか」
「うーん。マストは、文書作成、表計算。パワポは……いらないけど、この時点でOffice必須だな」
「別口で買うとか?」
「それが濃厚だね。ほぼなにも入ってないサラのパソコン……ないんだよなぁ。やっぱ秋葉原のBTOショップに行くべきだったかな」
「店員さんに聞いてみる?」
「うむ……」

 ひとりだと舐められそうだが、彼がいるなら幾分。夏油傑の持つただ者じゃないオーラであれば、店員も滅多なものは売りつけないかもしれない。
 そう考えていると、夏油が店員を呼んだ。
 年かさの店員よりもでっかい夏油が、丁寧な口調で説明する。と、店員はハイハイ、ハイ、そういうことでしたら……とBTOコーナーへ案内してくれる。

「あったね」
「さっすが夏油君! やっぱこういう時、殿方がいると心強いね」
「殿方って」
「殿方でしょ」

 古風だな、なんて呟きはスルーして物色する。
 店員は少し離れたところで、こちらの動向を伺っている。店員さんの目には、奇怪に映るよなぁ。塩顔高身長イケメンと、怪しげなオタク風ファッションの女。

「そうそう、こういうのでいいんだよ」
「でもこれ、注文して作ってもらうかんじかな。すぐに使うんじゃないの?」
「今のところはいいかなー。期末も終わったし、どうしてもの時は、学校の視聴覚室を使う」
「この数字だけで選べる?」
「一応。……ただ、こうなると選ぶ幅が広がって、またしても悩ましい」

 構成表を前に悩んでいると、夏油が隣に並んでそっか、と呟いた。

「……全部分かってると、楽なのかな」

 ぽつりとした声に、どういうことだろうとそっと隣を見る。
 夏油は構成表に視線を落としながら、言葉をつづけた。

「いや。今後、『これに使うかも』、『あれに使うかも』って言う悩みがあるだろ。そこまで見通せたら、買い物も楽なのかなって」

 確かにそれはそう。……でも、それが分からないから今後が楽しみなのであって。

「でもまあ。分かってても選べないときって、あるよね」
「それはそうか。予算もあるしね」
「そう。まあ、……パソコンを選ぶみたいな楽しいことは、どれだけ悩んでもいいんだけどね」

 彼が、何か言いかけた。
 それを無視したわけじゃない。それよりも、私が口を開くのが早かっただけのこと。

「とりあえず、私の選んだ最強のスペックはこれ!」
「……決まったんだ」
「決めた」

 注文票にさらさらと書きつけると、店員を呼ぶ。
 そのまま注文することとなり――

「このまま帰る? お茶でもしない?」
「夏油君、大荷物じゃん」
「私は構わないけど」

 ――そんな流れになった。

 場所は、件の家電量販店からほど近い、チェーンのカフェ。
 塩顔高身長イケメンの登場に、店内が一瞬そわっ……となり、後に続くオタク系ファッション女の入店に、変な空気になった。
 まあ目立つよね。彼だけでも目立つのに、この堂々としたオタクがのしのしと闊歩してるのは。

「あぁ~生き返る」
「長袖、暑いだろ」
「でも、日差しは避けられるよ。紫外線は、後から効いてくるからね」

 どっかりと座り込んで、さっそくメニュー表を開く。
 ごく自然に、私にソファ席を譲るのは、さすがの配慮というか。
 足元に扇風機の箱を置いている夏油を見て、ふむ、と私は値踏みする視線を向けた。

「夏油君さ、モテるでしょ」
「え……いきなり何?」

 不躾にもほどがある問いに、彼は一瞬きょとんとしてみせた。

「ヴィジュアルは言わずもがな。そして、この齢にしてその落ち着き。柔らかい物腰と口調、さりげない気遣い。どれをとっても、夏油傑は女子にモテモテという推論を、厚く支持する材料になっている」
「どうかな。そう思う?」
「やらしいねぇ。店に入った瞬間、女子の視線釘付けじゃん。たとえ制服が、ボンタンズボンに地下足袋だろうと、モテるに決まってる」
「じゃあ雪名は?」

 さらっと交わす夏油、ぐぬぬ手ごわい。
 まあ本人の証言を聞かなくても、こんなこと分かりきってはいるんだけども。

「中学のとき、裏でなんて呼ばれてたと思う?」
「うーん。……西中のはぐれ狼とか」
「西中じゃねえし、はぐれ狼って。ボッチなのは確定なのね。でも当たってる。正解は、『ヴォルさん』よ」
「ヴォル……?」
「名前を読んではいけないあの人。略してヴォルさん。まあこれは、うさん臭すぎる父親のせいなんだけどね」
「お父さん、うさん臭すぎるの?」
「年齢不詳、術式の影響で白髪、しかも長髪。職業不詳で、プロのヒモって言われても納得できる風体。そんなのが、入学式や授業参観、に三者面談、体育祭にまで来るわけよ。うっきうきしながらね。『雪名ちゃ~ん』とか言ってさ。はたして、その娘はどう思われるでしょうか」
「うさん臭いね」
「ザッツラーイ! 援交してるとか、実はヤクザの娘とか、さんざん言われたわ」
「でも雪名、きれいな顔立ちではあるよね」

 お冷やを飲もうとした瞬間、もて男のもて男たるゆえんが発揮され、思わず盛大にむせそうになる。……この男、一瞬たりとて油断できないな。

「それはどうも。でもね。田舎だとこういう強烈な自我は、まったく歓迎されないのよ。まあ……授業態度はまじめだったから、教師受けはよかったけどね」
「変わってないんだ」
「根は真面目だから」
「知ってる。……取りこぼしたものを悔やんで、どうしようもないことに悩んで、術師としての在り方に疑問を抱くくらいね」

 そういう彼の表情は、穏やかでどこかやさしい。
 うわ、それはもう忘れて。一瞬の気の迷い、若さゆえのあやまちというものだから。

「いつから、術師を?」
「うーん……。物心ついてすぐに術式を自覚して、はじめて雑魚呪霊を払ったのが、五歳くらいかな。も、本当に雑魚よ雑魚。やだぁ怖い! ってべしゃーってやったら払えた」
「べしゃーって」
「無我夢中だったし。父に連れられて、はじめて依頼をこなしたのが……小学四年生くらいかな。ちなみにその時、左手バッキバキに骨折した」
「じゃあもう、入学する前からプロの呪術師だったんだ」
「呪術師の家系だったら、そんなもんじゃない? たぶん、五条君のもっとデビューはもっと早かったり……しないかな」
「悟は特別だよ」
「だね」
「なに頼むか、決まった?」
「アイスカフェオレ」
「じゃ、注文してくる」
「センクス」

 私が場所取り、彼が注文。――ほどなくして、トレイの上にドリンクを持って夏油が戻ってきた。彼の分は、ホットコーヒー、ブラックで。
 財布から小銭を出そうとすると、いいよ、と一言で封じられる。じゃあ今度、なにかおごらなきゃな。……いや、この前死ぬほどおごったか。カフェオレ一杯じゃおつりがくるわ。

「じゃあさ、夏油君は。きみはどんな幼少期を過ごしたの?」
「幼少期って」
「私ばっか話すのはフェアじゃないでしょ」
「それもそうだね」

 夏油は微笑んで、コーヒーに口をつけた。優雅に一口飲み、そうして。

「まあ、普通だよ。一般家庭の両親のもとに生まれて、君と同じく、物心ついたころには呪霊が見えた。取りこめた」
「師匠がいた、ってわけじゃないんだよね」
「一般家庭だからね」
「じゃあその、ゴリゴリの格闘術はどこで身に着けたの? 親御さんがインストラクターとか、その道のプロだったり?」
「ないね。本当に普通の両親だよ。近所に道場があったからね」
「君の戦闘スタイルを見るに……。MMA……は流行ってないか。なんだろ?」
「日本拳法」
「なーるほど。納得! そりゃ打撃も投げも寝技も、全部いけるわけだ」
「雪名の古武術は、いつから?」
「私のは完全に、呪術師になるためのもんだからね……。物心ついたころからだね」
「じゃ、そこで確実に仕留めるための技を磨いたわけだ」
「いや、最初は呼吸法とか、正しい立ち方、正しい座り方。ひたすらそんなところよ。まじで楽しくなかった。バカスカ打ち合いするわけでもないし、超地味」
「でもその地味が、今の君を作ってる」
「そうだけど……」

 あ、そっと話題をずらされたか。なんだ夏油、きみは自分のことを深掘りされたくないタイプ?
 言葉を選んでいると、彼のほうが口を開いた。

「練習はつらくても、体を鍛えると心の方もついてくる。そんな感覚、ない?」
「分からんでもないね。こいつムカつくなと思っても、『ま、いつでも殺せるし』って思ったら若干収まる」
「若干なんだ」
「ムカつくときはムカつくよ。でも夏油君は、そういった精神修養が抜群に効いて、その穏やかな物腰を身に着けたのか」
「そういうわけじゃないと思うけど……。でも、合ってるのかな」
「夏油君、ブチ切れたりすること……。……あるか。五条君と喧嘩するもんね」
「それは悟が聞かないから、」

 彼は少しだけむきになって、そう返す。
 二人だけの男子、彼らは仲よさそうに見えて、喧嘩するときは派手にやる。そのたびに硝子が逃げ、私もそれに続き。彼らは駆けつけた夜蛾先生に怒られる。そんな姿は本当に、普通の男子高校生だ。
 たまに不貞腐れた夏油を見ると、それだけで微笑ましい気持ちになる。
 にやりとした私に、彼は少しだけ気まずそうに視線を外し、コーヒーカップで口元を隠した。

「そっちは? 硝子と喧嘩したりすること、ないの」
「ないねー。彼女大人だし、物わかり良いし、距離の取り方が抜群にうまい。それでいて年相応なところもあって、だけど年不相応にアンニュイで、知性があって気高くて……好き」
「確かに、雪名のキャラとはぶつからなそうだ」
「そう、大好きなの。たまに見せるにこっとした笑顔、一生守りたい」
「もしかして……。雪名ってそっちの、」
「恋愛感情じゃないと思うよ、多分ね。それに類似した感情なら、君たちにも持ってる。程度の大小はあるけど」

 私の言葉に、夏油は一瞬止まった。
 それからすーっと視線を泳がせて、またしても不自然にコーヒーカップを持ち上げる。さっきの飲んでしまったんじゃないの。
 彼は空のカップに視線を落とし、ゆっくりと置いた。
 少しだけ沈黙を挟んで、夏油はゆるゆると息を吐きだした。

「雪名、……時々すごいことを言うよね。平気で」
「言葉を惜しむことで起きうる弊害が、分かってるからね。言葉を尽くしても伝わらないこともある。だったらなおさら、惜しむべきじゃない」

 無造作にコップに手を伸ばす。長らく口をつけていなかったそれは、汗をかいて滑る。からん、と溶けた氷が高い音を立てた。

「薄くない?」
「うーん。薄くなったけど、まだ美味しい。正直、私もホットにすればよかったな」
「店内、冷えてるよね」

 希釈されたカフェオレをストローで飲む。お腹が痛くなったら大変だ。
 そこで数瞬、沈黙が生まれた。

「そうじゃなくて……。いやそうなんだろうけど……」

 はあ、と彼はどこかやるせないため息を吐いた。

「前から思ってたけど。君は考え方が達観しすぎていて、同世代とは思えないよ」
「あはは。実は人生二週目なの」
「そう言われても驚かないね。でも、……人生二週目だとしても、青臭いことやどうでもいいことで、真剣に悩むんだ」
「悩みがつきたら、人生しまいよ。身内に燃える熱いものは、死ぬまで燃やし続けたい。遠野雪名です」
「ほんと、変わってる」

 そう言って彼は笑い、目を細めてみせる。

「……もうじき、夏休みだね」
「うん。でも、実習とか任務はあるわけだよねー。休みがないくらい任務漬けだったら、学長室まで乗り込んでいいかな」
「その時は私もお供しようか。悟も連れて」
「おーいいね。みんなで乗り込んで学長の胸ぐらつかんで、休みよこせやぁ言うて恫喝するの」
「そこに夜蛾先生が血相変えて飛び込んできて、げんこつで沈められると」
「ありえすぎて笑えないよ、それ」
「夏休み。みんなでどこか行く?」
「わーいいね。海がいいな。見てるだけでもいい」
「そこにすかさず、溺死した人の呪霊が現れる」
「無粋な奴には、問答無用呪力パンチをお見舞いするわ」
「じゃあ、雪名が戦っているのを見物しながら、私たちはバーベキューでもしていようか」
「なんでよ、入れてよ! 人が汗水流して払ってる横で、肉食べてんじゃないよ」
「雪名、呪霊払う時そんな動かないでしょ」
「いろいろ計算してんの!」

 とりとめもない会話は、彼の携帯に『傑今出てんの? コーラ買ってきて』とのメールが来るまで続いた。
 私も硝子ちゃんに、なにかお土産買って帰るかな。

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