大人になったら『学生時代ってよかったなぁ』と思っていたが、いざ学生時代に戻ってみると、やることが多すぎて草。
まあ、一週目の時と違って、国費で勉強して生活ができて、おまけに給料まで出るのはいいか。……いや、なまじ公費であるだけに怠慢は許されない。そのうえ命の危険まで付き物。
やっぱ割にあってないかも。なんつってる間に20時っすよ(笑) あ~あ、術師の辛いとこね、これ。
「課題が終んねぇ~……」
目の前の数冊の小冊子の数々は、遠野雪名専用特別課題だ。
任務に駆り出されて授業に出れない分、ありがたい恩師一同よりご制作賜った、慈悲深い救済措置。
裏返せば、提出できなかったりあまりにも出来が悪ければ、まさかのダブり――。ダブりの術師、爆誕。いやすぎる。
といって、提出期間が短いなんてことはない。無論そこは考慮してあるのだが、先延ばしにしていたツケが回った。
パラパラと冊子をめくる。まあ……数学やら物理やらの難問で埋め尽くされてないだけマシか。
いや、あれは参考書を見ればどうにかなる……可能性がある。そうだと信じたい。しかし、記述式の課題だけはどうにもならない。こういう時に恋しくなる、AI。科学よ早く私に追いついてくれ。
「なせばなる、なさねばならぬ、何事も……」
資料を読み込んで、つらつらと書き始める。……今度の休み、ノートパソコンとプリンタを買いに行こう。絶対に。
課題に取り組み始めて十分足らずで、アナログの壁にぶち当たった私は、さっそく立ちあがった。小銭を片手に部屋を出る。
こういう時はガソリンを入れなきゃ。いそいそとエナジードリンクを求めて自動販売機へと向かうと――
「よ」
自販機そばのベンチ。麗しの硝子が座って、紫煙をくゆらせていた。
「缶コーヒー、ブラック?」
「悪いよ」
律儀に断ってから、硝子は「ん」と手を差し出す。
そういうところが好き。へへっ。彼女お気に入りのコーヒーを買って投げてやると、サンキュ、と硝子は頬をゆるめた。ン可愛い。
――これがあのクールビューティになるのだから。いかに呪術界の反転需要が高いのかうかがい知れるというもんだ。
私はお気に入りのエナドリを買って、上機嫌に硝子の隣に腰かける。
これこれ、この味がたまんない。でも量がすくないなぁ。大人になると、「これくらいでちょうどいい」になるんだけど。
「おっと硝子さん。二本目か三本目か四本目か、いっちゃう?」
タバコの長さは、彼女がそろそろ吸い終える頃。引き留めたくてそんなことを言うと、硝子はふっと笑ってみせる。
「まだ一本目」
そう言って二本目を取り出した。
「あ、火。つけさせて」
「いいけど」
手を差し出すと、そこにライターが置かれる。
硝子の手。すべすべで白くて、なんの傷もないきれいな手だ。そうやって見とれていると、
「指、長いよね。意外と綺麗な手」
ぽつりと彼女が呟いた。
「……あ、え。……私?」
「ほかに誰がいんの」
「褒められた、うれしー。硝子ちゃんの手は白魚の手よ。すべすべお肌が魅力的」
「おっさん……」
「おっさんと二人暮らしだと、やっぱそうなるよね」
一回ライターの試運転をする。電子ライターか。これなら早い。
「姫、火をどうぞ。君の瞳に完敗」
「何キャラ?」
「売れないホスト」
タバコの横に手を添えて、しゅぼっと点火。
硝子が少しだけ顔を寄せて、火をともす。先端を見つめて伏し目がちになった感じが、アンニュイ。これ、いいシチュエーションですわ。
火がついて、硝子が顔を離す。
「美味しい?」
「まあ」
「そ」
「……吸うの?」
「吸わない。おいしくなかった」
「吸ってんじゃん」
ふは、と硝子が笑う。屈託のない笑顔がか~わい~。心のシャッター、切りましたよ。……あれ、本当におじさんみたい。
「まあでも、分からなくもないかも」
「なにぃ? 私が不良娘ですって?」
「まさか。教師受けいいじゃん」
「手ぇ挙げるからでしょ」
「それ。地味に受ける」
「『分かる人いますか』って聞かれて、シーンってなってる沈黙に耐えらんないのよね。みんな、分かってて言わないじゃん」
「雪名ってさ、」
硝子が膝の上で肘をついて、こっちをちらりと見つめる。年相応の、いたずらっぽい表情。おじさんキュンときちゃう。あ、おじさんになっちゃった。
彼女はにんまりとしながら、言う。
「善人だよね。ニヒルぶってるけど」
「……え?」
「器用そうで本当は不器用で、ちょっと生きづらそう」
「やだ、なに」
「そう見えるだけ。違ってたらごめん」
「……そんな私が?」
「え?」
今度は硝子がきょとんとする番だった。
「そんな私が、好き」
にやっとしながら言うと、――彼女は顔を背けてふっと笑った。ニヒルな笑み、来ました。得点、300ポイント!
「断定系」
「大丈夫、硝子ちゃんの愛は伝わってるから」
「それ、解読エラー。ポンコツじゃん」
「ま、バカほど可愛いって言うでしょ」
「自分で言う?」
「硝子ちゃんは賢くて可愛い」
「……おっさん」
「待って今のもおっさん認定?! 私の中でおっさんがゲシュタルト崩壊していく……」
――ちなみに。課題は徹夜で仕上げて、どうにかなった。
課題提出日を激しく読み違えていたため、各方面から真面目な遠野さんという印象は守られたが、私の貴重な睡眠は奪われた――。
とりあえず、今度の休みとは言わない。明日の放課後にでも、家電量販店に駆け込む予定。
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