夏油傑離反回避ルートに入ります。 -6- - 2/3

 世間様は楽しい冬休み、クリスマス、正月……という空気だが、呪術師にそんな浮ついたものはふさわしくない。
 というのは建前で、私には本当に時間がない。
 ――盤星教の事件まで、あと一年もない。それまでに、莫大な準備が要る。
 教室を出て真っ先に向かったのは、高専が誇る巨大な図書館だ。
 地下にも広大な書庫を有するここは、呪術および民俗学、陰陽道、神道儀礼、歴史、医学、解剖学……果てには呪詛師に関する資料など、様々な「呪術師向き」の情報の宝庫だ。
 重たいノートパソコンを専用のバッグに詰め込み、顔なじみとなった司書さんに挨拶をして、個人閲覧のスペースに陣取る。
 パソコンを立ち上げる傍ら、メモを片手にさっそく図書物を物色に出た。
 いつぞやの、土地神と自殺者のミックス呪霊。
 あの任務、かなりしょっぱい出来ではあったものの。それ以上に得たものは多かった。
 術式に関する情報。――神性に関する因果律は、たとえいかにも脆弱な線であろうと、断ち切る代償は『重傷』。
 これから察するに、たとえば人の生死や、未来の大きな分岐に関わる因果律――太く、あるいはいかにも頑丈な線――に干渉する代償は、やはり即死を免れない。身を以て知った。
 あるいは――因果律は、感情も正義も考慮しないということ。
「世界にどれだけ影響を与えるか」、それだけが問題なのだ。
 前回の一件、「領域ごと山を崩さないため」の干渉であったが、そんなことは関係なかった。まあこれは……薄々気づいてはいたが。
 反転術式に関すること。――正直に言うと、これは万能の保険ではない。
 これまで、命に関わるような怪我をしたことがなかったから気づかなかったが、(ほかの人は知らないが)私の場合、痛すぎると呪力がうまく練れないという。
 つまり、反転術式が間に合わずに意識を失えば、死ぬ。……当たり前なのだが、愕然とした。呪文一つでどうにかなればいいが、そうもいかないわけだ。
 因果律に関しては、完全に術者の運用次第にかかっているから、置いておく。
 反転術式の強化として、硝子に指示したが――『ひゅーん、ひょい』では全く意味が分からず。センスねーで打ち切られたが、私は諦めなかった。
 要するに、どれだけ痛くとも呪力を練って、反転術に回せるようにすればいいのだ。意図的に損傷を作り、練習を重ねて制度を上げるとともに、――痛みに慣れる訓練も積んだ。
 これは、ひどくシンプルなものだ。五条と夏油、その他先輩方にも助力を仰ぎ、ノーガードで打撃や術式を受けるという、拷問じみた特訓だ。

「え、どマゾ? なんか目覚めちゃった?」
「もっと他に、やりようはないのか……?」

 などと正気を疑われたが、自分で自分を傷つけるのには限界がある。
 同級生や先輩に、シンプルにど変態と思われつつも励んだ。気絶するまでやった。頭を殴られすぎて、多分脳細胞が千兆個くらい死んだ気がするが、だんだんと耐性はついてきた……のかな。分からない。
 あるいは、最短時間で的確な処置を施すために、解剖学や生理学についても理解を深めた。
 もともと、幼少期から最低限の知識は叩き込まれていたが、もっと体系的に、より専門的に。
 体の機能や構造がどうなっているから、どこをどう損傷したら、どういった影響がでるのか。致死的なダメージとならないためには、どうすれば生き残れるのか。
 すべては死なないため、生き残るために。硝子の元に運び込まれさえすれば、命拾いできるのだから。
 これは、敵と戦う時にも大いに応用できるから、なおさら。
 どういうわけか、因果律を観測するこの目には、対象の情報が丸ごと流れ込んでくる。弱いところ、歪んでいるところ、今は持ちこたえていても、いずれ破綻するだろう部分まで。
 待ちゆく人の身体も、建物の構造も、同じようにだ。……やっぱりこれ、呪術というより、何か別のものなんじゃないか。
 というのは今は置いておいて。
 使える能力であることには変わりない。ただまあ、見えたところで反応できなかったら終わりなので――能力に胡坐をかかず、誠実に鍛えていきたい。
 勉強と鍛錬、そうして授業に任務の両立――。死ぬほど辛い。きつい。しんどい。特にここ最近は、放課後も遊ばずに図書館に籠っているため、わびしいものがある。私だって青い春を楽しみたい。
 硝子とは寮でだべる時間も取れるが、……いや、それがあるだけマシか。休暇中は歌姫先輩も誘って三人で、イルミネーションを見に行く約束などもしているので……頑張る。

「ただしかし……星漿体と天元様。……情報がすくねー……」

 ディスプレイ上のWordの画面は、ほとんど真っ白だ。
 ここで調べられることは、教科書で学ぶことに毛が生えた程度しかない。どうも閲覧制限がかかっているようで、学生の身分では手が届かないのだ。

「夜蛾先生に頼むか……。でも、なんで? ってなったときの言い訳が思いつかねー……」

 下手に動いているのが気取られると、のちの盤星教事件が起きた時、まずいことになるだろう。
 とはいえ――『万が一』のとき、天元や星漿体をどうこうして、未来が変わるとも到底思えない。
 なにより、天元というのはブラックボックスだ。あれに手を出せば、因果律干渉への代償も、すさまじいものだろう。考えたくない。
 あとは、盤星教と呪詛師集団『Q』。
 これらについては、調べられる範囲で調べた。結果として、『捨て置け』。なにかひっくり返せるかと思ったが、学生身分では手が出せないし、なにより黒幕じゃない。
 となればやはり、天与呪縛との戦闘にフォーカスすべきか。

「……勝てるイメージがまったくない……」

 伏黒甚爾――。
 天与呪縛のフィジカルギフテッド。肉体も、戦闘IQも、呪具の取り扱いに至るまで、一切つけ入るスキがない。
 だからこそ、若い最強の二人があそこまでてこずった。
 五条悟の覚醒と、伏黒甚爾が抱いた一瞬の人間的な感傷。そのために彼は敗れたが、それ以外の幕引きはありえなかっただろう。ここに私が関与できる余地など、一切ない。
 やはり、……考える。
 最悪、私が代わりに――。
 盤星教事件の後味の悪い結果さえなければ、彼があの極端な思想に走ることはなかっただろう。
 おそらく、星漿体・天内里子が死ぬことは、決まりきった因果律なのだと思う。それに手を加えれば、代償は甚大。即死だろう。
 しかしそれで、彼が救えるなら。みんなの顔が脳裏に浮かぶ。
夏油が救われるなら、五条も、硝子も、夜蛾先生も、……みんな救われるのではないか。

『なんか、そういう考え方。好きじゃないなぁ』

 いつぞや彼女のつぶやきが、思い出される。
 もちろん私だって、無駄に死にたくはない。
 けれどもこれは、『無駄じゃない』と言い切れる。――まあ、その後を見届けられないのは、残念だけれども。

「ってもなぁ……死にたくはないよなぁ」

 十六年。短いようであっという間だった。
 机に突っ伏す。
 術式に目覚めた三歳の時から、ヒモだけど気高い術師だった父。
 離れて暮らしていても、きちんと愛を伝えてくれた、自慢の母。
 何くれとなくサポートしてくれた叔父。
 ……硝子も、夏油も、五条も、夜蛾先生も、歌姫先輩も、訓練に付き合ってくれている先輩たちも……。
 全員好きだから、別れがたい。
 こんなことなら、もっと距離をおいておくべきだったなぁ、なんて。人生二週目にして最大の過ちに気づいたところで、時すでに遅し。
 それは最後の最後の切り札として、取っておこう。
 よし、と前向きになって顔を横に向けた、瞬間。

「なに、死ぬ話?」

 ちょうど真横に、五条悟のきれいな顔があって――心臓が止まるかと思った。

「っと……。心臓止まったらどうしてくれんの……び、びっくりした……」

 いやな意味でドキドキしながらそっと体を起こすと、夏油、硝子の姿も後ろにあった。みなさん、お揃いで。

「なに、勉強? またレポート課題たくさん出されたの?」

 ひょいっとパソコンの画面をのぞき込んだ硝子が、可哀そうなものを見るような視線を送る。……っぶねえ、見出しもない白紙でよかった。

「ど……どしたん、みんな」
「これから焼肉でもって話なんだけど、雪名も行く?」

 穏やかな夏油の問に、焼肉……と心が騒ぐ。
 やはり若い体は、タンパク質と脂質を求めている。思い出したように、消化器官も蠕動運動を開始した。

「肉……」
「食べたらカラオケでも行く?」
「……い、……行く! そいつぁ行かないわけにはいかないね」

 いそいそとパソコンを閉じていると、後ろで硝子がこそこそと、ね、当たったでしょ、と夏油に言い、本当だ、と彼が同調している。
 なんだいなんだい……肉とカラオケにつられるやっすい女だと、思われてんのかい。当たってるけど。行くけど。

「じゃ、ここから出るのが一番遅かった奴のおごり!」

 そう言って五条が一番に走って行く。それに硝子が便乗する。きみまでっ!

「どわーっ卑怯なり、五条悟卑怯なり!!」

 慌てて用意する私を待ってくれるのは、夏油のみ。

「夏油君……君だけは信じていたよ……。君の善意が壊れる前に……」
「じゃ、私もお先に」
「壊れろーッ!」

 図書館を出る直前。夏油のボンタンズボンを思いっきり引っ張って妨害し、私が前に出たことで――彼のおごりとなった。

「女子にズボンを脱がされそうになったのは、初めてだよ」

 と彼は白い目を向けたが――前言撤回。
 うそうそ。壊れないで、善意。

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