夏油傑離反回避ルートに入ります。 -6- - 3/3

 初対面での印象は、「同級生に絡まれる可哀そうな女子」。
 次の瞬間それが、「初対面でゲロをぶちまけた女子」に変わった。 
 呪術師の学校ということで、一筋縄ではいかないキャラが多そうだとは思っていたが。ここまで予想の斜め上からくる子がいるとは、まったく予想だにしていなかった。
 遠野雪名という、少女。――同級生のいずれも、今までいなかったタイプだとは思ったが。ここまで目に見えて変わった子は、本当にいなかったと思う。

 私自身、物わかりが良いとは、幼少期から言われていた。
 でもそれは、「見えてしまう」から。
 他人には見えないものが、見えてしまうという異能。恐ろしいばかりのそれを、取りこめてしまうということ。
 見えない人には分からない。
 親にさえもなかなか信じてもらえないこの能力が、恐ろしかったし疎ましくもあった。けれど出来てしまうから、する。
 この特殊な環境が、こういった性格を作ったのだと思う。
 それは、呪術高専に入学して、正しい見解だったと知った。
 悟も硝子も、そうして雪名も。ひとに見えざるものが見え、ひとに出来ないことができる彼らは、総じて早熟だし、独特な価値観を持っていた。
 そうならざるを得なかった――。
 だとしても、彼女の。雪名のそれは、単なる呪術師とは一線を画す何かが、あるように見えた。
 五条家の跡取りである悟が、達観しているのは分かる。彼はのちの呪術界そのものを背負う人物たりえるから。
 きっと、術師としてだけでなく、当主としての教育もあるだろう。年相応に振る舞いはするが、時として驚くほど冷淡で、シビアなものの見方をする。
 しかしそれ以上に、雪名はもっと達観している。いや、それさえ通り越して。どこか諦観さえも感じる振る舞いをすることがある。
 普段の彼女は、悟の茶化しに同レベルで乗ったり怒ったりするが。呪術師として任務に赴くとき。――十五、六の少女の顔はしていない。
 高専に入る前から、呪術師として活動していたという。誰よりも経験豊富で頼れる人物だが、……どこか、危うく見えてしまう。
 秋頃の、……とある任務で。
 雪名は無謀といえる行動に出、結果、負傷した。私が追い付いたときには、すでに虫の息で地面に転がっていて。口元の血あぶや、どす赤く染まった制服を見て、一目で重傷だと分かった。
 のちの調査や悟の話により、彼女の機転で、被害を出さずに呪霊が払われたと知った。その『機転』とやらは、彼女の術式に関わるため詳細は伏せられたが。

『処理にかかるコストが、高かったの』

 分かっていて、雪名は断行した。
 その覚悟の重さが、決意の揺るぎなさが、……恐ろしく感じられる。
 普段、どんなにふざけ倒した言動をとるとはいえ、彼女の誠実さは分かっているつもりだ。
 呪術師としてのプライドや、しかしそれに陶酔することなく、合理的に、現実的に動くところも。
 しかし……たかだか、同世代の少女が。分かっていても一瞬で判断し、行動に移したということ。
 そこにどんな葛藤があったか。想像の域は出ないが――それでも。異常だと思う。

『分かってても選べないときって、あるよね』

 何気ない会話での言葉が、思い出される。
 そう言ったのに、……選んだ。選べないと分かっていても、選べてしまう。その気高さが、恐ろしい。
 それだけなら、死に急いでいる馬鹿な奴とも思えるが、最近の彼女は違う。
 痛みに耐える特訓だと称して、わざと私たちの攻撃をノーガードで受けてみたり。硝子に反転術式の特訓をしてもらっていたとも、聞く。
 自殺願望がある者が、痛みに慣れる必要はない。痛みに慣れた、その先。そこに活路を見出しているようにも、思える。
 図書館に籠って勉強しているのもそう。本人はレポート課題のためだと言っているが、授業の代替のレポートに、そこまでの内容を求められるとは思いがたい。
 きっと何らかの目的のために、やっているのだろう。
 呪術師としての姿勢。学生としての姿勢。すべては賞賛に値するが、……時として、少しばかり不安を覚える。
 なにがそこまで、彼女を駆り立てるのか。
 賢明な彼女には、私たちには見えていない何かが、見えているのかもしれない。しかし雪名は、それを決して打ち明けようとはしない。
 それに異論はない。きっと彼女の術式が、そういう雪名を作ってしまった。
 徹底した個人主義。それなのに――時に、驚くほど無自覚に、距離を詰めてくることがある。
 家電量販店でのやり取りが、そうだ。
 あの時の一言は、何気ない呟きだったと思う。私の問いに対する、模範的な回答。それ以上でも、それ以下でもないはずなのに。
 普段、取り澄ました態度の彼女が見せた、一瞬の――人間性。
 揺らぐときもある。迷うときもある。
 完璧に見える彼女に存在する、かすかな間隙。刃ともいえない小さな棘は、私の心に深く入り込んで、いまだに抜けない。
 きっと彼女は、無自覚だろう。私を揺さぶるつもりなんて、一切なかったと思う。私が勝手に、そう感じるだけで。

「……なんかさ、あいつ最近おかしくね?」

 雪名が脱兎の勢いで教室を出たあと、悟が呟いた。

「彼女がおかしいのは、いつものことじゃない?」

 軽く返した私の回答がお気に召さなかったのか、悟は不貞腐れたように、ちげーよ、と尖った声で返した。
 しかしそれに続く言葉はない。彼も、漠然とした違和感は覚えているようだった。

「……強くなりたいんでしょ」

 帰り支度を整えていた硝子が、呟いた。こういった会話に彼女が参加するのは初めてで、少し気になった。

「硝子はなにか、知ってるの?」
「なにも。反転きわめたいとは言ってたけど」
「なんのために?」
「さあ。下手だからでしょ」
「上手くなった?」

 悟が問うと、硝子はかぶりを振る。

「センスねーまま」
「ま、自前で反転使えるのは利くよな。俺にも出来ねーのに、なんであいつに出来んだか」
「あんたより雪名の方がセンスあるけどね」
「うるせっ」

 悟は舌を出して、すぐに引っ込めた。

「……なんかさ。あいつ、俺らのこと計算に入れてねー気がすんだよ」

 彼の言葉で、なにかが……ふっと。まるでパズルのピースが正しく埋まったように。腑に落ちた。
 計算に入れていない。
 私の違和感は、そこにあったのかもしれない。
 徹底して自身を度外視する、その姿勢。何があっても、「私は部外者だから」とでも言うような、冷淡にも思える個別主義。
 悟の鋭い指摘が、水を打ったような沈黙を打つ。
 私だけではない。きっと硝子も、同じようなことを思っていたことに気づく。

「……無茶すんな、っつったのに」

 硝子が少しいら立ったような声をあげた。普段冷静な彼女らしくない、感情的な口調だった。

「あいつ、なんて?」

 悟が問うと、硝子はどこまでも憮然とした表情になる。
 そうして私たちを尊大な顔つきで睥睨し、一言。

「……教えてやんねー」

 勝ち誇ったような表情に、場違いに安堵した。
 悟は怒ったが、……きっと二人には、私たちが立ち入れない関係性があるのだろう。それぞれに、それぞれの。
 雪名が一息つける場所があるのなら、それでいい。
 そこに彼女を踏みとどまらせる何かがあると、信じて。

「今日終業式だったし。みんなでなにか、食べに行く?」

 硝子に突っかかる悟を止める、魔法の言葉。私の提案に、悟はすぐに絡むのをやめた。

「いいね! 寿司? 焼肉? あ、ピザでもいいな。全部行く?」
「んなに食えるか」
「焼肉とか」
「臭くなる」
「焼肉賛成! じゃ、ガリ勉女回収しに行くか」

 そう言って悟が、バッグを肩にかけて立ちあがる。
 ガリ勉って。硝子が笑う。

「増えるねー、雪名のあだ名」
「マゾ女でも可」
「殴られるよ?」
「じゃ、サド女」
「殴る口実じゃん」
「無下限バリア」
「小学生か。しかもチートじゃん」

 硝子も悟に倣い、椅子から立つ。
 ――一度、雪名の席に目を向けた。
 真面目にノートを取って、手を挙げて。でもたまに、居眠りしている時もある。普段は厳しい夜蛾先生も、指摘はしない。任務明けの、一限目。

「傑、行くぞー」
「早く」

 教室のドアから、二人が頭を上下に揃えて言う。

「今行く」
「でもなー。雪名、集中してると止まんないし。肉だけじゃ弱いかも」
「スイーツいく?」
「いや。カラオケかな。まじでマイク離さないから」
「ウケる。あいつなに歌うの?」
「なんでも歌うよ。でも多分、五条はつまんなって言うと思う」
「なにそれ」
「普通にうまいから。タンバリン捌きがウザイ」
「やべー、何それ普通に見たい。じゃ、カラオケも追加だな」

 ――まさかこの後。
 小競り合いの果てにズボンを脱がされかけるとは、この時の私は知るよしもなかったが。

 

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