なにかとても気持ちの良い夢を見たような気がするが――目が覚めるとすぐに、忘れてしまった。夢なんてそんなものか、と二度寝でも決めようと目を閉じようとして、
「寝ちまうのか?」
隣からそんな声が聞こえハッと意識が覚醒する。
声の方を向くと、そこには――夢にも出ていたかもしれない――愛しく恋しい男の姿があった。なんなら、軽く腕枕までされながら。
えっソハヤ? なんで? そんな疑問が口をついて出ようとしたが、すんでのところで封じ込めに成功した。考える。ぽくぽくぽくチーン。
思い出したのは、昨日のやりとり。
正月は(出陣要請が来ることなく)「ゆっくり過ごしたいね」と言ったのが誤解され、ソハヤとふたりで「ゆっくり」過ごすこととなった。誤解とはいえ嬉しい誤解だ。出来ればふたりでどこかに行きたい、かなうならふたりで過ごしたいなと思っていたのが本音であるからして――お篭りの準備を万端にしてやってきたソハヤを見た暁には、嬉しい悲鳴が出たものだ。したり顔でまっさらなコンドームのパッケージを示された日には、別の悲鳴も出たものだが。
しかしどうだ。昨日の宴会――審神者には途中から記憶がなかった。
みんなにソハヤとの関係がバレて(特に隠してもいなかったが)から、さんざん過ぎるほどに冷やかされもみくちゃにされ――中にはひどいセクハラをかましてくるものもいた。薬研とか、薬研とか、薬研だ――恥ずかしさを紛らわすために、飲んで、飲んで、飲まれて、飲んで、飲み続けて眠るまで……飲んではいないが、最終的に記憶がないので、そういうことだろう。
自分は一体どうしてしまったのか……。ふたりともきちんと服を着ていて、体の疲れも感じないから、きっとめくるめく夜は堪能していないのかもしれないが、酒におぼれてとんでもないことをしでかしていたらと思うと恐ろしくなる。
そうしてちらりと、ソハヤを見つめる。彼は、そちらを見ていた。審神者が一人考えて、赤くなったり青くなったり固まったりしているのを、一部始終見つめていたのだろう。その顔は、長考はもう終わり? とでも訴えるようだった。
「あの……私、昨日」
「おはよう」
蚊の鳴くような声で尋ねようとするのに先んじて、ソハヤのほうが声をあげた。朝の挨拶。ソハヤはそういうのを大事にするタイプだ。おずおずとして、おはようございますと相手に合わせる。と、枕にさせてもらっていた腕がひょいと動いて審神者の顔をホールドし、
「ふぁっ」
ソハヤの顔が近付いてきたと思えば、瞼のあたりに口づけが落とされた。軽くやわらかな感触と、ちゅっと可愛らしい音。誰に何をされたというのを理解するよりも先に、脊髄反射で審神者は照れた。
「にゃっ……!」
なにをするんだとろれつの回らぬ口調で抗議するが、無論いやなわけではない。二回目の口づけが、今度は鼻の横あたりに降ってきた。いよいよ恥ずかしいのとくすぐったいので、笑ったらいいのか抵抗したらいいのかわからなくなる。たわむれなキスが四回、五回と続くと――もしかしてこのまま? という気がしてくる。
キスが止んで、無言で見つめあうこと数秒。やはりそういう空気なのか、と審神者が腹をくくろうとしたさなかである。
「よし、飯にするか」
ソハヤは元気に起き上がり、支度を始めたのだった。肩透かしにもほどがある。審神者はがっかりしたような、ほっとしたような、なんとも言えない気持ちで彼に従った。
朝食はソハヤが準備してくれた。
いつの間にやらしかけていたのか、炊き立てのご飯に味噌汁、塩鮭にだし巻き、ほうれん草のおひたし、きんぴらごぼう、香の物。旅館の朝食と言っても差し支えはないほど豪華な朝食だった。
料理当番は刀剣男士たちに平等に回ってくるので、当本丸ではどの男士も一通りの料理が出来る。食こそ戦士に必要不可欠、と初期刀の山姥切国広が炊事能力に重きを置いたため、新刃は顕現されて三日目くらいには皿洗いから厨での下働きを始めたものだった。
「すご……」
合わせた手を下ろすことも忘れ、ぽかんと口を開いて感動していると、
「朝食の仕込みでもやってなきゃ、自我を保てなかった俺を憐れんでくれ」
ソハヤはニヒルな笑みとともにそんなことを返した。意味が分からずまじまじと彼を見つめる。目が合えば、ソハヤはとたんに意地の悪い表情になった。
「眠ってるあんたに手を出しても、味気がねえ。起こしても起きねえし」
「っ……え!」
「ま、昨日のツケは利息付きで返してもらおうかね」
しゃあしゃあと言ってのけたソハヤに、審神者は声もなく俯くほかなかった。ちなみに、朝食は大変結構なお点前でした。
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