「こっちの荷物はどうする? 『高校の』って書いてあるけど」
「えーっと……。ちょっと待って、確認するから」
作業する手を休めて、声がした方へと向かう。
ふたりは今、貴重な正月休みに奥の荷物部屋の整理をやっていた。――なぜこんなことになったかと言えば。
経緯としてまず、食後に審神者が「部屋を掃除するから埃っぽくないところでゴロゴロしてて」と声をかけたことから始まる。今から掃除? ソハヤはいぶかった。その顔には「(今からいちゃちゃするのに?)」とでっかく書いてあって審神者をドキドキさせたが、なんにせよ、急なことで掃除もできてないから……と言葉を濁す。なんなら、そっちが急すぎて何の準備もできていなかったのだと、良心に訴えかける形で提案したのだが――ソハヤは了承するどころか、
「じゃ、一緒にするか。年末は連隊戦で忙しくて、ほとんど執務室に寝泊まりしていたらしいし、大掃除もできてないんだろ?」
さらにそんな提案までして、審神者を驚かせた。
わざわざ遊びに来てもらって、客人にそんなことはさせられないともちろん固辞したが、どうせ掃除するんなら一石二鳥だろ? なんてあの笑顔とともに言われたら断れなかったのである。
とはいえ、本丸はなんらかの特殊技術が施されているらしく、経年劣化はかなり緩やかになっているため、何年住んでも入った当初のままの姿を維持している。さらに言えば、ものぐさの審神者はたまに業者――本丸は部外者の立ち入りが厳しく制限されているため、この場合、式神のレンタルサービスの利用ということになる――に頼んで清掃を任せているため、大掃除するまでもないといえば、そうだった。
そのため一念発起して挑んだのが、入城当初から整理されることなく手つかずとなっている開かずの間、荷物部屋である。これは、使用しない居室を二間ブチ抜きで物置として使用しているものだ。ここには、審神者の生家にあったすべての私物と、本丸入りしてから増えた私物とがごちゃ混ぜになっており、相当な混乱ぶりを呈している。すべてを片付けるには正月休みだけではたないため、とりあえずは、家から持ってきたものくらいは整理しよう、ということになった。
「しっかし、すげー荷物だな。赤児時代に幼稚園、小学校、中学、高校……。実家にはなにひとつ残ってないんじゃないか?」
カオスではありながら、荷物自体は時期によって箱詰めされ、整然と並んでいる。しかも引っ越しの鉄則にのっとり、箱詰めされたときの内容物の写真まで張り付けてあり、何が入っているかは一目でわかる仕様となっており、整理もしやすそうではある。ただその膨大な量に、ソハヤも呆れたような感心したような、という何とも言えない顔をみせた。
「まあね。私、審神者になるのを大反対されててさ。勘当同然で家を出たんだ」
「…………」
さらりとして答えてみせると、ソハヤは一瞬で言葉を失った。そうして彼には珍しく、目を見開いて驚きをあらわにしてこちらを見つめる。ついでに気まずい空気に突入しそうだったが、そうなるのがいやで、審神者は慌てて明るい口調で続けた。
「あ、でもお互い憎みあってるとか嫌いあってるとかじゃなくて、ただただ、人間的に相容れないというだけであって……。親子とはいえ人間だもん、合う合わないはあるでしょ? 親子だけど絶望的に価値観がかみ合わなくて、憎みあう前に決別したというか……。とにかく決して険悪ではないのよ」
「触れてほしくない話題か?」
率直な問いに、視線が泳ぐ。
「……うーん。今はまだ、あんまり」
「今は、ね」
なんとなく付け加えた言葉だったが、ソハヤがピックアップしたのは底だった。特に深い意味は、とは思ったが、なにか言うよりも先に頭を引き寄せられ、額にキスされてうやむやになる。なんで今のタイミングで、と思ったが気恥ずかしさやら動揺やらでそれどころではない。
「び……びっくりするよ」
気弱な声を上げて抗議すると、それすら面白がるように、ソハヤは抱き寄せて今度は耳朶に口付けしてみせる。髪をかき分けられた瞬間からびくりとさせられたが、敏感なところへのキスはさらに反応が大きくなった。ふるふるとかぶりを振って意思表示するが、腕の力がやんわりと強くなるだけで、抑止の効果はない。
「そ、ソハヤぁ……」
抱きしめられた体勢から、彼の顔は見えないが、
「嬉しいことを言ってくれる」
なんとなく、笑っているような気がした。
「どういう……」
「いつか触れさせてくれるんだろ? そういう先の約束は、嬉しいじゃねえか」
あ、そういう意味。意図せず改めて告白するような塩梅になったのだと気づき、照れて仕方がない。といって否定することもできずおろおろしていると、するりと後頭部に手が触れた。さすがにこの流れで、次にどうなるかは想像するに易い。意を決して待っていると――どさり、と空気を読まず箱の一つが倒れてその中身をぶちまけた。
「…………」
「…………」
ムードぶち壊しのなか、二人の視線がぶちまけられた中身に向く。ほっとしたような、残念なような、なんとも言えない気分だ。
「これは……」
ソハヤが物珍しげに手を伸ばし、取ったもの。それは高校時代の制服だった。特筆するところのない、まったくのスタンダード、特別可愛くも、まったく可愛くなくもない、ごくごくありふれたセーラー服だ。しかし刀剣男士・ソハヤノツルキには珍しいらしく、初めて見るくらいの真剣な目で観察している。
「制服だよ、高校の時の」
「ウン年前はこれを通って学校に通ってたのか……。彼氏とかいたのか?」
「え……それ聞くの……」
「気になるだろ」
「お……教えない……」
「ま、初心な反応を見ると遊んでたってこたあなさそうだな」
「えっ、演技かもしれないでしょ?!」
「ほーん?」
ソハヤはどこまでもニヤニヤとしながら揶揄してくる。
「っもう、返してよ……」
「返すさ」
制服を取り上げようとしたところ、逆に押し付けられるようされて、拍子抜けする。
「着てみせてくれよ」
それどころか、そんなリクエストまでされてどうリアクションを返したらいいのかわからない。
「っええ……?」
「いいだろ」
***
別室で着替えてから、審神者は激しく後悔していた。
乗せられて着てしまったが、痛々しいとしか言いようがない。当時はぶかぶかだった制服が、今はある程度体にフィットするということは、それなりに肥えたということでもあるだろうし……。靴下も履き替えてみたりして、ひとりやる気に満ち溢れているのが輪をかけて痛々しい。
「もうそろそろいいか?」
別室からたのしげなソハヤの声が聞こえてくる。
「っあ、あと少し……」
彼の期待値は高いようだ。しかし、思っていたのと違っただの、笑われたりだのするくらいなら、もはやなかったことにしてしまおうか。
決心して脱ごうとしたその時、
「脱ぐなよ、せっかく着たのに」
避難がましい声が聞こえて飛び上がる。声のしたほうを振り向くと、ソハヤが襖に腕をかけながら、呆れたような顔をして立っていた。審神者は軽く悲鳴を上げてから自分の背中で自分を隠した。
「っっっな、なんで?! あっちで待ってるって、」
「言ったけど、妙な間があったからな。あんたのことだから、一度は着てみたものの、色々考えてやっぱりナシ。そう判断して、すでに脱いでるってことあるかもしれねえからな」
彼の読みは残酷なほどに的中している。まったく――ぼやきながら、ソハヤはずかずかと入り込んできた。しゃがみ込むと、指でツンと背中をつついてくる。
「こっちを向いてくれ」
「や……やだ……」
「なんでだよ」
「恥ずかしい……」
「可愛かったぞ?」
「やだ!! 年甲斐もなくこんな格好、無理! 恥ずかしい! コスプレじゃん!!」
「ほお、コスプレね」
「だからコスプレだって、」
気配と匂いが近付いた、と思ったら背中に何かがあたった。あたった、と感じたときには腹に腕が回されていて、背後から抱きかかえられるような状態となっている。抱きかかえられた体が少し持ち上がり、そうかと思えば硬いものに腰を下ろすこととなって――それがソハヤの膝だと気づくまで数秒かかった。
「えっ……ひゃっ!」
悲鳴が上がったのは、首筋にキスされたから。そちらのほうに集中すると、腹の上に置かれていた手が、もぞもぞと動いて侵入してきた。
「っつ、冷たい! ソハヤ、手、冷たいよ……!」
「お、悪ぃ。手ェ洗ってきたもんだから」
なんのために、と思っても、そうするためにとしか言いようがない。キャミソール越しにも伝わる冷えた手の感触。冷たくて、耐え難くて、手の上に己のそれを重ねると、ぎゅうっと握りこまれる。首への愛撫は、止まない。
「この部屋、ガンガン暖めておいた。寒くないだろ?」
「っええ……」
「制服も汚れねえようにする。だめか?」
「で、でもぉ……」
ちゅ、ちゅ、と首筋に落とされていた口づけが、甘噛みに変わっていく。かぷ、とやんわりと噛まれるたび、ツン、と舌先で皮膚を刺激されるたび、甘い疼きが体の奥にたまっていくようだ。鼻梁で耳の後ろをくすぐられ、はふっと息が漏れる。このままでは流される――。でも、と審神者は言い訳を探した。
「でもこの部屋、ベッドないし」
だから駄目。そう続けようとしたが、くいっと顎を掴まれて、かるく右のほうへと向けられる。そこには布団一式が積み上げられ存在を主張している。来た時にはまったく気づかなかった。勿論審神者が用意したものではないから、彼が用意したものだろう。暖房といい、ソハヤノツルキ、仕事早すぎか。
「ベッドじゃないと駄目か? ギシギシ軋むのが好き?」
「ちがっそういうんじゃ……!」
躍起になって否定しようとしたとき、後ろから噛みつくようにキスされて、反論の言葉を奪われる。当初は必死に口を閉ざしていた審神者だが、閉ざされた唇をほぐすように舐められ、柔くかまれとしているうちに、根負けした。
しかし、舌が絡んだのは一瞬。ちろりと一回舐めたばかりで、もどかしさばかりを残して、驚くほどあっけなく離れていった。広い唇から、ちらりと覗いた赤い舌。舌舐めずりしたそれにさえ目を奪われる。
「欲しそうな顔すんな」
薄い唇が弧を描いた。
「心配しなくてもたっぷりくれてやるよ。いやというほどな」
「っ……~~~!」
だからちょっと待ってな。高まったところを絶妙にじらされて、審神者は声にならない声を上げて悶えた。
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