コミュニケーションエラーの弊害/おかわり - 7/9

「風呂と食事、どっちにする?」
 起き抜けのさえない頭に問いかけられて、しばし考え込む。ここはどことか、今何時とか、色々と考えかけるがそれよりもなによりも、まずは風呂か食事か。
 ぼんやりとしていた割に、――今、お風呂に入ったらのぼせそうだ、という考えが浮かんだ。昼食をすっ飛ばしたという記憶はなかったが、体感的に体が空っぽであることは分かった。
「ご飯……」
 ぼんやりとしたまま答えると、了解、とソハヤは微笑んでみせる。なんの感慨も考えもなくぼーっとその笑みを見つめていると、まったく、なんて言いながら彼はぐいっと上体をまげて、ひとつ口づけを落としていった。
 そうしたあたりから、段々と普段の調子が戻ってきて、審神者は布団の中でもぞもぞとした。外が真っ暗なのが分かる。この部屋には時計も端末もないから、今が何時ごろなのかもわからない。一、二、三……と指折り数えて、審神者は畳の上に転がっていた枕をひっつかみ、顔を押し付けた。
 蘇る肌色の記憶――。思い出すだけで赤面してしまうような、セリフに愛撫、息遣い。コスチュームを最大限に利用したあれこれに、赤面しつつ審神者は感心するばかりだ。
 世の中に――審神者、思う。世にコスプレものと称したそのテの映像作品は多種多様にあるが、中には、コスプレものと謳っているだけのまがい物が多い。その心は、コスプレしているのは最初だけで、早い段階で脱がせてしまっているものが多いということにある。大変由々しいことだ。コスプレエッチの醍醐味とは、着衣プレイにおける醍醐味と相関性があり、早い段階から脱がせてしまうということは、コスプレエッチの醍醐味をまったくわかっていないということであり……云々と考えを及ばせ、ハッとする。いつからシチュエーション評論家になったのか。ますます赤面し、布団の中でじたばたした。
 ため息を、ひとつ。しかしながら一つだけ言えること。それは、人生初のコスプレエッチは忘れられないものとなった、ということ。ハンガーにかけられ長押に引っ掛けられた制服は、よれよれにはなったが見たところ体液が付着している風ではなく、綺麗といえば綺麗だ。宣言通り、行為中にソハヤが制服の取り扱いには注意してくれたらしい。丁寧な手つきが、しかしもぞもぞとして耐え難くじらされた……というのは、それもまた一つの醍醐味であったのだろう。
「……~~~~~~~~!!」
 真面目な顔をして、なんてことを考えているのか。再び審神者はじたばたした。
 そうこうしているうちに食事の準備が整い、食卓へと呼ばれた。
 用意されたものは、朝と同様、短時間でこしらえたとは思えないような立派な食事だった。和食中心で品数が多く、一品一品の量が少ないためぺろりと平らげることができた。かなりの満足感はあったが、お腹の張り具合からすると満足感の割に摂取量は少なそうだ。
 食後のお茶をいただきながら、審神者は相当落ち込んだ。
 湯呑をもってどんよりとしている審神者に、ソハヤは気づかわしげな瞳を向ける。
「口に合わなかったか? それとも食わせ過ぎたか」
「ううん……とてもおいしかったし、食べた量のわりに満足感がすごいよ。でも」
「でも?」
「……ソハヤが料理上手過ぎて落ち込む……」
 ため息交じりに呟くと、ソハヤはぽかんとしてから首を傾けた。その顔に「なんだそりゃ」という呆れまじりのつぶやきが見え隠れしている。彼にとってはなんだそりゃでも、審神者にとってはかなり重要なことだった。
 朝食を作ってもらったお礼に、夕食は自分が用意したいと考えていたのだ。彼ほど短時間で立派なものは作れないが、逆に言えば、時間をかければそれなりのものは作れたはずというか……。しかしそれが、昼間のアレでまったくもって予定が狂ってしまった。しかも、手料理を振舞いたかった夕餉の席では、再び――自分の想像を凌駕する料理の数々が出てきて。見栄えのよさもさることながら、美味しかった。本当に美味しかった。
 ソハヤノツルキは器用だ。裁縫だって、ボタン付けくらいなら審神者より早くきれいにしてみせたし、スラックスの裾上げも自分でしたと言っていたが上手だった。ある日などは、手慰みに審神者の髪に触れては、審神者がまったくできない編み込みをいとも簡単に結い上げてしまった。しかもしゃべりながら、「サラサラしててしにくいな」とこぼしながらも、完璧に。
 ロウテーブルに突っ伏す審神者の嘆きは、深い。
「夕食くらいは私がって思ったんだけど……あんなに立派な食事を用意されたら、私もう一生ソハヤの前でお料理できない……」
 はあ、とため息を吐く。
 しばらくソハヤは無言だった。茶化すか励ますかするかと思ったが、予想外の沈黙に不安になって、顔を上げる。ソハヤは眉間のあたりに手を当てて俯いていた。
「ソハヤ……?」
 呆れたのか、それとも失望しているのか。ますます不安になってそろそろと窺うと、ややあってから、よし、と小さく聞こえた。ソハヤが顔を上げる。
「腹も落ち着いてきた頃だな。風呂に入るか」
「え……。あ、うん」
 華麗なほどにスルーされて、審神者はぽかんとした。ソハヤはすっと立ち上がり、風呂場の方へと消えていく。――呆れられたか。あんまりにも構ってちゃんが過ぎたか。なんとなくもやもやし、最後には「あーもう!」などと叫んでこたつの中で転げ回った。

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