「もうしない。絶対しないから」
という言葉とともに、ソハヤは別室に隔離されてしまった。
奥から追い出されなかっただけ御の字か。能面のような顔つきで怒りを表す審神者に、ソハヤは何も言えず粛々と従った。
一晩寝たら怒りも覚めたというか、のど元過ぎれば熱さ忘れるというか。
翌日は審神者が起こしに来てくれて、中々の好スタートを切った。――が、食事がインスタント味噌汁とレンジでチンする塩サバ、レンジでチンする出汁巻き卵、レンジで……とばかりにレトルト食品のオンパレードだったため、何となく怒りの残滓を感じ取ったソハヤだった。
とはいえ、そんなことは何も気づいていません、とばかりにいつも通りの対応を続けると、審神者も普通の感じが戻ってきた。その後をイチャイチャしながら過ごしていれば、やはり、そういう空気になり。
「しないって言ったからね?」
と審神者は手厳しくはねつけたが、そこはやはり、ソハヤノツルキ。幕府の守り刀であり、霊力じゃんじゃん出します系の霊刀だ。審神者とは永らえてきた時間が違う。
ソハヤの巧みな話術と手練手管により、最初は拒否していた審神者だが――最終的には、ねだるようにしてソハヤを欲し、そこまで言うならと不承不承の体を装って致したものだ。まさに狙い通りである。
しかし最後の最後で理性が戻ってきたソハヤは、抱きつぶしたいのをグッとこらえて、ほどほどのところでやめた。これ以上は、本当に嫌われることは分かり切っている。
疑似的に賢者モードを作り上げたソハヤは、改めて眠る審神者の体を抱きしめた。ソハヤの苦悩などまったく知らぬように、彼女は穏やかに寝息を立てて眠っている。
――いとしいなぁ、と思うのである。まったく、自分がこうなるとは全く思ってもみなかった。
ソハヤノツルキは回想する。彼女と出会った最初の日のことを。特別な感慨は抱かなかったように思う。新しい主は女で、戦うこととは無縁そうで、……一体いかほどのものかと思った。見つめる視線に、値踏みするようなものがなかったとは言えない。しかし、肉体を持って、命を下されて戦う以上、生半な主ではたまらないという思いがあった。
そういった点で、彼女は十分及第点に値する主だった。審神者の平均点などは知らないが、刀剣男士として戦う上で過不足はなく、むしろ、もう少し頼ってくれてもいいと思う程度には働き者で。侮っているつもりなどなかったが、最初の値踏みしていた自分を恥ずべきと思う程度には、考え方を改めるに至った。
それでも、決して主とは気安い関係ではなかった。ソハヤとしては別段壁を作っているつもりはなかったから、向こうの方が近づくのをためらっていたのだろう。他の刀剣男士とは笑い転げるほど談笑し、軽口を叩きあっている姿を見るだに、ほんの少しだけ妬心を抱いた。
互いの距離が遠いと思っていただけに、彼女からの誘いにはひっくり返りそうになったものだ。言葉自体は曖昧だったが、しかしそれは十分に「一回きりの相手」を望まれていることが分かった。
一体なぜ。しかしそれを問いただしたら、その一回きりさえなくなってしまうような気がして。何も聞かずにただただ抱いた。夢心地から覚めて、考えた。真面目な彼女が、割り切った遊びを求めるとは思えない。
なにか抜き差しならぬ事情があったのではないか。ちまたでは霊力供給とかいうものも聞く。なぜ自分が? 好きだから、であればいい。それとも霊刀だから? 考えると、胸の奥に妙な軋みを覚えた。しかしそれをすぐさま振り払って、開き直った。ならば、それを利用すればいいではないか。
霊力が欲しいのなら、回数をこなせばこなすほどに霊力がみちていいだろう。彼女が曖昧な表現を使ったのをいいことに、二回目、三回目以降も行為を続けた。そうして肌を合わせるたびに、ソハヤはそれに耽溺していった。
彼女が遊びでこういうことができるとは、もちろん思っていない。だから、自分が行為におぼれているように、彼女もまた溺れていればいいのに、とは思った。
ソハヤは審神者以外の女も知っている。廓の遊び女とは絶頂に達することがあまりなかったが、彼女とのそれでは、向こうが参ってしまうほど徹底的にやる傾向さえあった、なんならそこまでしても足りないと思うほど――それほどに、よかった。
愛おしいからだろう、とソハヤは結論づけた。愛しい人と肌を合わせることが、これほどまでに幸福で、また身も世もなくふけってしまうものだとは知らなかったのだ。
しかしこうなると、卵が先か、鶏が先かという話になる。気づけば審神者が、きわめておしくかけがえのない存在になっていた。
まったくわからない、とソハヤは思う。まさか自分が人の子に、そうして肉体に、愛欲に、これほど溺れるとは予想もしていなかった。
人間の外見の美醜にさほど興味のないソハヤからすると、彼女はどこにでもいそうな普通の女にしか見えない。特別に性格がいいわけでも、特別に頭が切れるわけでもない、特筆するものを持たない女。それなのに、そんな普通の女が愛しくて、心も体も髪の一本も、細胞の一片、魂さえもすべて欲しくてたまらない。この変化は不思議だった。
しかし、ふたりの間はあまりにも希薄だ。将来を誓い合ったわけでも、愛を語り合ったわけでもない、体のみでつながる不確かな関係。これをどうにかしたいと思いながら、どうにかしようと行動におこしたなら、その時こそ決定的に終わってしまうような気がして、ためらわれて。
その体をむさぼりながら、耽溺しながら手をこまねいていたら、あんなことになったわけで。
正直な話、審神者が兄弟の上に乗っかっているのを見て、我を忘れそうになった。恋仲でもない二人だ、審神者が誰と何をしていても咎める道理はない。むしろ道理に沿って考えるなら、自分に一夜の関係を持ち掛けてきた彼女だ、他の誰とそういうことをしてもおかしくはないわけで。
平静を保てたのは奇跡だった。あと少し遅かったら、兄弟が自分ほど彼女に興味を抱いていたなら。最悪のことになっていたかもしれない。兄弟同士で刃傷沙汰にならなくて、まことによかったこと。
しかしまったく――ソハヤは思う。今思い出しても腹立たしい。間違いだと分かっていても。純粋な勘違いだったと種明かしをされた今でも、思い出すとムカッとくる。
二人の関係性を名づける言葉。現代知識を取り入れたことで、なんと名状するか分かっていたが、そう名付けたくなかった。しかし彼女は、いとも簡単にやってのけた。彼女の口からあっさりともたらされた「セフレ」という単語。
確かにそうだ。それ以上踏み込むのを避けていたのも自分だ。分かってはいるが、激高した。まったく理不尽極まりなことは、分かっている。
ソハヤノツルキは、まったく悪かった。極悪と言っていい。
審神者が弱腰であることは分かっていて、押されると弱いこともわかっていて。このままなし崩しに自分のものにしてしまえ、と思った。どうやって? 良心に訴えかけて。あの告白は、愛を告げるものだと思った。そうして体を許した自分の心を弄んだのだと――罪悪感を持たせて。YESと言わざるを得ない雰囲気に持ち込んで。
そのうえで身も心もとろかして、自分なしではいられないくらいの体にしてやろうと……思ったのだが。話していくうちに奇妙なねじれが発覚し、何とか丸く収まったのだった。
自分なしでいられない体にする機会は失われたが、それもまたの機会に。むしろ、ソハヤの方がすでに、彼女なしではいられない体になっている。
隣で見ている彼女を見て、――収まったはずだったムラムラが、再燃してきた。もともと、ソハヤの異常な精神力で疑似的に作り出した賢者タイムだったから、長続きはしまい。
元気すぎ、サルかよ。ちょっとくらい。起こさないなら。しかし、本当に嫌われるかもしれない。正直、軽く無視されたのだけでもこたえたから、決定的に嫌われたとなると、もはや立ち直れないかもしれなかった。
様々な葛藤を抱え、――ソハヤは決断した。下心を鋼の精神力で押さえつけ、そっと褥を抜け出す。
向かった先は、キッチンだ。大根を取り出し、一心不乱に桂剥きを始める。――どうせ寝れないのだろう。だったら朝食の仕込みをしているほうが有意義だ。彼女がおいしそうに食べてくれるさまも、ソハヤに負けたと落ち込むさまも、どれも見ていて幸せになる。
そうしてまた翌日も、高級旅館並みの豪華な食事が朝餉の席に並ぶことだろう。
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