バレンタイン - 1/3

 柄にもないことをしようと思ったのは、どうしようもなく浮かれていたから、なんだと思う。
 どうしようもなく浮かれて、頭がくるくるぱーになって、脳みそがとろけて、お花畑になって、そういうわけでいそいそとお菓子作りをしてみようと思い立ったのが、十四時過ぎ。
 浮かれポンチの鼻歌まじりに、チョコチップマフィンなどというありきたりなものを作り始めて、――そうして完成したのが、世にも奇妙なクリーチャーだったため、「そういえばもう十年くらいお菓子作りなんてしてないんじゃないか?」と思い出し、さらにさらに「そういえば私はあまり手先が器用ではなかったような」と自己分析を始めたあたりで、そろそろ日が暮れ始めていた。
 目の前にはたくさんのクリーチャー。どこをどう間違ったらマフィンなんていうものからこんなキメラを生成できるのだろう。歪に盛り上がり、盛り上がったために近隣のマフィンと融合し、チョコチップが溶けて流れ出し、さながら共食いし血を流すキメラだ。
 これは失敗だった……と頭を抱えつつ、匂いだけは美味しそうなのでキメラの一角をもいで一口食べてみるが、腹が立つことに味はよかった。そりゃあまあ、市販のマフィンセットの粉を使ったのだから、美味しくないはずはないのだが。しかし市販のマフィンセットを用いてなお、醜いクリーチャーを生み出せる自分の錬金術の手腕に乾杯。

「さすがにこれはねえわ」

 糞みたいな見た目のわりに味だけはいいので、もりもり食べながら呟く。うまくできたら自分のおやつに、と量産してしまったのが痛い。粉ものだけでは喉が渇くので、ダージリンティーなどを淹れて、キッチンで立ったまま立食ティータイムと相成った。
 はっとしたときには十七時を過ぎており、さすがにやべえなと思い、片付けもそこそこに出かける準備を始めた。
 手作りなどと言わず、最初から市販のチョコを用意していればよかったのだ。――最初から、とはいうものの、バレンタイン、正直、スルーする気満々だった。
 そもそも、長義は本日遠征に出ていて、そんな恋人同士のイベントなんて関係ないことこの上ない。バレンタインなどというイベントは毎年総スルーだったので、そんなことは忘れて普通に遠征・出陣の予定を組んでいたわけで。それに対して長義も何も言わなかったし。さらには付き合っているのかどうかも微妙だし。やることはやっているけど、そこはいまいちよく分からない。それでもイベントに便乗してみようと思ったのは、――まあそういう、乙女心とかいうものを、忘れていなかったことの証左ということで。
 とはいえ、一事が万事こんなふうに行き当たりばったりなので、うまくいかないわけだ。偶然マフィンの材料があって、ラッピングできるような材料も揃っていて。手持ちのもので間に合わせようとして、まあ結局失敗したわけだけれど。
 とりあえず万屋に行こう。バレンタイン当日だけど、お高いやつなら残っているかもしれない。お高いやつなら長義の舌にも合うだろう。片付けは帰ってからするとして、私は三年ぶりくらいに全力ダッシュというものをした。

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