00:はじまり - 2/2

 万屋街、とある会員制の料亭の個室にて。
 一人の女性と、一人の女性――の装いをした、身長一八〇を超える立派な体つきの(いわゆる)オネエが対峙している。
 前者を審神者・春花しゅんか、そうして後者は審神者・雪待ゆきまち。両者とも審神者界隈では指折りの実力者で、新人の審神者などが見かければ、思わずはしゃいでしまうような光景だった。
「雪ちゃーん。こんなところに呼び出して、どうしたの?」
 のらりくらりと発声したのは春花だ。話し方から見た目まで、ひどく年齢不詳。大きな丸い目は可愛らしくもあるが、口元や目つきはなんとも妖艶で、年若い小僧ならどぎまぎすること必定だ。
 しかし、見た目からも分かる通り百戦錬磨・海千山千の雪待は一ミリも動じるところがない。それどころか却って、
「アンタ、本気で言ってんの?」
 じろりとねめつけて威圧するような雰囲気だ。「アタシ言ったわよね。昨日ほど大事な日はないって」
 とんっと漆塗りのテーブルを指で叩いて、雪待は苛立たしげにする。対する春花はどこふく風といった様子で、どこまでものらりくらりだ。
「え~、なんだっけ」
「とぼけんじゃないわよ! アンタの娘が、昨日!! 我が本丸での修行を終えて、無事に審神者になったのよ!! そんな日ぐらい祝ってあげなさいって、あっれっほっど!! 言ったじゃないの!! なのにあんたときたら、」
 ひとりでヒートアップする雪待に、へらりと春花は笑って返す。
「え~、そんなこと? ちゃんとプレゼントはしたよ~」
「は? あの、いかにも適当に選んだことが丸わかりのくっっそセンスのないつげ櫛のことォ?!」
「ひど~い。せっかく歌仙君が選んでくれたのに~」
「初期刀でもない刀に選ばせてる時点で……ッ! 大体、櫛なんて『苦』しむとか『死』ぬとか想起させるから、門出を祝う贈り物にふさわしくないのよ!!」
「も~声おっき~。話それだけ? じゃあもう行くね」
 怒鳴りたてる雪待にいやそうな顔をして、春花はのらりくらりと立ち上がる。
「待ちなさいよ! 話はまだ終わってないわよ!!」
「もういいよ~、雪ちゃんのお説教長いから聞きたくない。じゃね~」
 制止する雪待を無視して、春花はパンプスを履いてさっさと立ち去った。
 個室にひとり残された雪待は一瞬呆然とし、次いで、憎々しげに黒檀の呼び鈴を押した。
「あんのアバズレめ……。もう今日は飲むしかないわね!!」
 ほどなくして、店員が静かにやってきた。雪待は大量の酒という酒を注文し、憂さを晴らすこととする。

 

 ――春花の本丸にて。
「歌仙くん。贈り物、つげの櫛にしたんだね~」
 もしかしてあの子に惚れてるの? なんて、春花は冗談とも本気ともつかないことを言う。彼女の知る限りで、娘と自身の歌仙兼定が顔見知りであるという事実はなさそうだが。
 歌仙はぎょっとしながら、なにを言うんだいと心外そうに返した。
「全く知らない相手に対し、これでも考えに考え抜いたんだが。櫛にはもめ事を解きほぐすという意味合いもあるだろう。君たち母子の関係性が少しでも改善されるならと、老婆心を出したまでだ」
「そっか~。ありがと」
 と、聞いているのかいないのか分からない調子で、春花は笑った。

 このようなやり取りがあったことを、雪待も――もらった当人も、知らない。

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