02:審神者と初期刀、準備期間 - 2/2

 はじめに本丸の組織づくりの方針は打ち出したものの、そこに至るまでには、いささかの時間を要した。

「産めよ殖やせよ言うわりに、時の政府もケチじゃの」
 という陸奥守の言葉が示す通り、新人審神者へは、刀剣男士を鍛刀するための資源――木炭、玉鋼、冷却材、砥石――の供給が少ないのである。
 資源の一日当たりの供給量は決まっており、特に駆け出しの審神者はほんのわずかといってもいい。遠征や出陣等の任務をこなし、審神者の階級が上がることで、資源の供給量も上がっていくというシステムが存在する。――階級を上げると資源の融通も利くため、そういった意味でこんのすけは「産めよ殖やせよ」と助言したのだろう。
 しかし彼女は、それと違う独自路線を歩むことをすでに決めている。すべては想定内だった。
 本丸の核となる第一部隊は、刀種の偏りは避けたいところだ。しかし鍛刀に関しては運任せなところが多く、狙った刀種さえも確実に出せるかどうかはわからない。短刀、脇差、打刀、太刀、大太刀、槍もしくは薙刀をまんべんなく、それも同時期に顕現させるには、ある程度資源を貯蓄してから一気に使う必要がある。
「それまで主を独り占め、わしと主の蜜月じゃ!」
 陸奥守は畑を耕しながら、わざとらしく声を張り上げて言う。もちろん十分聞こえる距離にはいたが、審神者は聞こえないふりをして草取りにいそしんだ。
 とはいえ、陸奥守の言もあながち間違ってはいない。
 一日に供給される資源の少なさを見るに、しばらくは初期刀とふたりきりで、本丸を切り盛りせねばならないようだ。――しかしこの、陸奥守の軽いノリにも困ったものだ。
 厨にならんで二人で食事を作っているとき。審神者が不注意から指先を包丁で切ったところ、陸奥守はすかさずその手を取って水道水で流し、ささっと手当をしてくれた。これしきのことは自分でできるのだが……と面映ゆくなっているところに、
「こうしてると、夫婦みたいじゃの」
 なんて、陸奥守はすかさず冗談めかしてジャブを打ち込んでくるため、気が抜けない。どうにも、経験が浅いことを面白がられているようで、このテの揶揄いは数知れない。
 反応が強ければ強いほどに、相手を喜ばせてしまうだけ。
 そう気づいてからは努めて冷静に対応しているが、時たまままならないこともある。鉄拳制裁さえも喜ばせると分かってからは、もはやお手上げ状態の審神者だった。

 

「んお、」
 ぶっとい雑草をつかみ、引き抜こうとして――審神者は根が深いことに気づく。簡単には抜けなそうだ。ワキワキと掌を握って閉じてを繰り返し、十分に気合を入れると、
「ふんぬぬぬぬっ!」
 腰を浮かし、まるで綱引きのように腰を入れて引っ張った。――しかし、びくともしない。
「あれぇ……?」
 思わず膝をついて根本を覗き込む。掘った方がいいだろうか。軍手越しの指先で土を掘ろうとしたとき、
「おぉ、こがなところに可愛いお尻が!」
 突き出した尻の上空で、なにやら不穏な気配を察して、咄嗟に審神者は振り返った。そこには、泥だらけになった陸奥守が、両手の指をあやしくワキワキさせながら立っている。
 審神者が怪訝そうな視線を送ると、陸奥守は途端に「こりゃ参った」みたいな顔をして、自分のこぶしを頭にこつんつぶつけて反省の意を示す。
「なにやら難儀しとるようじゃの」
「全然抜けないの。これ、なんだろ?」
 審神者がつかんだ茎をぐっと引っ張って提示すると、陸奥守はしげしげと見つめたのち、よし、と審神者の手ごと茎をつかんだ。
「え、ええ、」
 戸惑う審神者の体を後ろから抱えこむような形で、茎をつかんで引っ張る姿勢へと移る。陸奥守に包み込まれるような体勢。そう理解した春官、審神者の脳内がショートした。
「いや待って、」
「ほれ、せーの!」
 ふざけ半分かと思いきや、存外気合の入った声と力で。陸奥守はぐっと要領よく茎を引いて、すぽっと根こそぎ引き抜いてしまった。慣性により吹っ飛ばされた二人は、地面にしたたか尻もちをつく。正確には、審神者は陸奥守のうえに。
「めっためった……」
 あてて、と声を漏らしていた陸奥守の言葉がぴたりと止まる。
 一体どうしたと審神者が体を起こそうとしたとき、それを押しとどめるように、彼の両手が審神者の肩をそっとつかんだ。
「え?」
 何が起こったのかと、審神者が目を白黒させていると、
「主……そこでゴソゴソしちゃあいかんぜよ……」
 ぽっと頬を染めた陸奥守が言う。目をしばたいて、視線を下ろして。自分がどこに腰を下ろしているのかを理解した審神者は、
「んげ――ッ!!」
 気持ち悪い害虫を見かけたときのような、非常に野太い悲鳴を上げて逃げた。

 

「……傷つくのう……」
 ――見下ろした息子は、自己主張もせず大人しくしているというのに。
 三下の盗賊みたいな声を出して逃走した主の背中を見送り、陸奥守は切なそうに呟く。声色に反し、顔はほんのりとニヤついていたが。

 

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