03:本丸、始動 - 3/3

 厨からほど近い一室に、審神者と陸奥守と三日月がいる。
 膳の上には箸と小皿が二枚。一枚は大豆と小豆が敷き詰められ、もう一枚は空。
「三日月殿、特訓じゃ」
 陸奥守が促すと、三日月は特訓……と小さく復唱した。審神者もまた、がんばれ、とばかりにこぶしを握ってうなずく。
「箸をうまいこと使えるようになったら、ほかの動作にも応用利くと思うがよ。わしが見た感じやと、三日月殿ぁ箸に気ぃ取られて左手が力んでしもうて、力加減がうまいこといかんなって、茶碗を割ってしもうちゅうみたいや」
 解説を聞いて、なるほど……と三日月は己の両手を見た。
「確かに、箸でつかむことに集中しすぎているようだ」
「そうよ。三日月殿ぁ箸の扱いが下手なわけやないがよ。力加減はな、意識するよりほかないと、わしぁ思うがやき。ほいたら、」
 陸奥守はしみじみとうなずいてから――審神者の手を取ってぐっと引っ張った。
「うわ、」
 バランスを崩しながら、審神者が前に出る。目を白黒させる主にかまわず、陸奥守は彼女の肩をつかんで前にぐいっと押し出した。
「力加減の練習に、左手ぁ主の手をつかんでみいや」
「えっ?!」
 突然の主張に、審神者も三日月もまた驚いたようにする。陸奥守は、さもあろうとばかりにしたり顔でうなずき、説明を加える。
「右手は箸、左手は主やき。箸にばっか集中しすぎると、主のかわえい手ぇを握りつぶしてまうがよ、気ぃつけちょきや。責任重大ぜよ~」
 からからと笑う陸奥守に、審神者と三日月は顔を見つめあう。
 握りつぶす……と三日月は戦々恐々としてつぶやき、青ざめる。
 当初は、予想だにしない提案に驚くばかりの審神者だったが、ものは試しと開き直る。そうして、最悪の想像をして固まる天下五剣を、やさしく元気づける。
「大丈夫。ガラス細工じゃないんだから、簡単には壊れないよ。ほら、ちゃんと人体ならではの弾力性もあってだね……。お茶碗みたいにパリーンとはいかないから」
 そっと手を差し伸べると、三日月は恐る恐る審神者の手を握り――ぐっと握りしめ、力をゆるめ、と感触を確かめるようにする。一朝一夕には壊れないことを確認すると、よし……と瞳に静かな闘志をたたえて箸をとった。
 それを、陸奥守が満足げに眺める。
「練習あるのみじゃ。頑張れ、三日月殿!」
「おうとも」
 そうして、ひそかな特訓が始まった。

 

 遅れを取り戻したいという強い意志と、なにより、主の大事な手を握りつぶしてしまっては大事、という切なる思いが功を奏したのか。三回ばかり箸使いの練習をこなすと、三日月は劇的に力加減をマスターし、日常生活に何の支障も来さなくなった。
 それを受けて、執務室では審神者と初期刀が、今後のことについて話し合っている。
「最初は、こんなので本当に大丈夫かなって思ったけど、的確な助言だったね」
 審神者が笑い交じりに言うと、なんじゃ、と陸奥守が不本意そうに片眉を上げた。
「主、わしのこと信じちょらんかったが?」
「そういうわけじゃないけど……。あ、でも。何度か冷や冷やすることはあったよ」
 お茶碗を砕く腕力だからね。審神者が微妙な顔つきで右手を見つめるが、それはすぐに感慨深いものへと変わった。
「三日月、自主練習もしてたみたい。手の代わりにね、麩菓子を握りしめてたんだって」
「ふ、麩菓子ぃ?」
「手がべたべたになるし、すぐにボロボロ崩れるしで、とても苦戦したって。でもそのおかげで、すぐに習得したみたいね」
 審神者が笑うと、陸奥守も絵面を想像したのか、声を上げて笑ってみせる。
「麩菓子とはまた……。まっこと真面目なお方じゃの~」
「報われてよかったよ。でもこれで、すぐにでも第二部隊が結成できそうだね」
「おお、ちゅうことはいよいよ! わしらぁに後輩できるがや!?」
 目を輝かせる陸奥守に、審神者もつられて気分が高揚するのを感じた。躓いて遅れを取ったのは事実だが、今後同様のことがあったなら、三日月が優しく教え導いてくれるはずだ。波を掴んだはず、この調子で行けば。
 そう確信して、審神者はよし、と自分の膝をたたいた。
「さっそく、明日! 第二部隊を結成して育成に取り掛かろう。先輩として、優しく厳しく導いてあげてね」
 審神者が意気込むと、陸奥守もまた、
「まーかしちょき! でっかい船に乗ったつもりでおってくれや!」
 同じくらいの熱量で返してくれる。
 そっと触れた胸の奥、はっきりと掌に感じる鼓動の激しさ。ふしぎなほどの胸の高鳴りは、気持ちの昂ぶりはなんだろう。――きっとそれは、よりよい明日のビジョンが開けたから。
 審神者は懸命に、そう思い込もうとした。

 第二部隊の六口もまた、つつがなく顕現に成功した。
 短刀、今剣。脇差、にっかり青江。打刀、加州清光。太刀、獅子王・燭台切光忠。槍、御手杵。
 第二部隊は隊長を加州清光と定め、それぞれの教育係は以下の通りとなった。
 今剣、三日月宗近。
 にっかり青江、平野藤四郎。
 加州清光、陸奥守吉行。
 獅子王、次郎太刀。
 燭台切光忠、堀川国広。
 御手杵、蜻蛉切。
 隊長は隊長同士で組むことが最初に決まり、それ以外は刀剣男士同士の話し合いで決まったという。
 顔合わせの場で、なんとも言えない顔になっていた加州清光が気にかかった審神者である。歓迎会を開くため、意気揚々と広間を去ろうとした陸奥守をつかまえ、そっと物陰に呼び寄せると、審神者は言いにくそうにした。
「えーっと……その」
「なんじゃぁ? 愛の告白かの」
 とぼけたことを言う陸奥守に、遠慮は無用だと審神者は決意する。
「じゃなくて。加州清光……は、旧幕府軍側の刀でしょ。向こうもなんか苦々しい顔してたけど、……大丈夫?」
 声を潜めながらそう言うと、ん? と陸奥守は首を傾けた。あまり大きな声を出すと、刀剣男士の聴力では広間まで届いてしまうのではないか――。審神者がそう思って、顔を近づけようとしたとき。
「…………」
 陸奥守が微妙にニヤけた顔をしているのに気付いて、どういうことか察した。思わずバチンと平手で胸のあたりを打つと、あいた~と大仰な反応を返される。
「いきなりなんじゃ〜?! 好きな子ぉにはいじわるしたいっちゅうやつながよ?」
 どこまでもすっとぼける陸奥守に、審神者は半眼になった。
「もう……いいよ。どうせ陸奥守は大丈夫なんでしょ」
 フンとわざとらしくそっぽ向いて立ち去ろうとしたとき。くっと手首をつかまれる。
「すまんちや。ちいとばぁふざけすぎた」
 それまでの軽い口調が、打って変わって真剣なものになった。
「けんど大丈夫じゃ。うまいことやっちゃるき」
 その変わりように、一瞬どきりと胸の奥が騒ぐ。なぜだか、審神者は振り向くことができない。
「……わかった。じゃあ、信じてるからね」
 振り向かない代わりに、審神者はもう一方の手で陸奥守の手の甲をそっと叩いて返事とする。
 動き出すと、手首の拘束はあっさりと解けた。――強く握られていたわけでもないに。――そっと触れただけなのに。
 触れられた部分の、あるいは触れた部分の熱が、なかなか引かない。

 

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