「もしかして、こっちって奥?」
審神者の居室空間である奥。原則として、刀剣男士の立ち入りは認められていないため、加州が足を運ぶのは初めてのこととなる。初めての場所に、加州は物珍しげに周囲を見渡した。
「私的な要件でごめんね……。そのー……加州はセンスがいいでしょ。だから……ちょっと、力を貸してほしいなって」
「なになに、部屋をかわいくデコっちゃってーとか、そういう案件?」
楽しそうに返す加州に、審神者はどこか照れくさそうに、部屋じゃなくて……と尻すぼみな声でつぶやき、自室まで案内した。
「お邪魔しまーす」
そう言って控えめに加州が足を踏み入れると、審神者はそそくさと何かを手に取って、彼の前に提示した。
ひとつはシンプルな小花柄のワンピースに、もうひとつは紅梅色が鮮やかな万筋の小紋。
加州はかっと目を見開いた。「主の方か!!」
思いがけず大きな声を聞いて、審神者はびくりと肩を揺すった。
「あっえっ……やっぱり変かな?!」
自信なさそうに眉をハの字にした審神者に、
「んなわけないじゃんどっちも可愛い! いつ着るの? どこか行くの?」
加州は前のめりで食い気味に言い切った。その勢いにたじたじになりながらも、審神者は蚊の鳴くような声で、ちょっと買い出しなんだけど……と返す。
「たまには袴以外もいいなって……思ったんだけど……。どっちがいいかなぁ……?」
「うーん……」
主の言葉を受けて、加州は両方手に取って審神者に当てて、離れたり近づいたりして真剣に考え込んだ。
「和装に見慣れてるから洋装を見てみたい気もするけど、……こっちも絶対主に合うんだよね。ちなみに帯は?」
「これかこっちで悩んでる」
「あー、どっちもいいわ。ってか主めっちゃセンスいいじゃん」
もっと見たい、と加州が言う。審神者は顔をうっすら上気させ、いや違うの、と必死に否定する。
「私は本当にセンスないんだけど! 師匠が本当におしゃれな方で……貰い物というか……選んでもらったというか……」
「そんな謙遜しなくていいって。あ~でもどうしよ、悩む!」
決めらんないと悶えた加州が、次の瞬間あっと声を上げた。
「三日月も呼んでいい? 絶対いい意見くれると思うんだけど」
すぐにでも呼びに行こうとする加州を、審神者は慌てて通せんぼする。
「あ、いや! 本当に!! 気軽な気持ちで選んでくれたらいいから、そんな大事にしないで!!」
「え~そうなの~? まあ主がそれでいいって言うなら、俺の独断と偏見で決めちゃうよ」
必死になって止める審神者に、加州はまんざらでもなさそうに返した。主に頼られるというのは、刀剣男士冥利に尽きるというものだ。
そうして、見るからに上機嫌で選定に入る。
「このワンピースも、めちゃくちゃ可愛いし似合うんだけどな~……。でも小紋も捨てがたい……。帯揚げとか帯締めは?」
真剣に悩む加州に、審神者はそっと収納ケースごと差し出した。充実した小物の数々に、加州はへえとひとつ声を漏らす。
「主、日常的に着物着るひと?」
「先生の影響で。でもこれもほとんどが、先生にもらったか選んでもらったものなの」
「いい師匠に恵まれたねー。だとすると、ほかの候補も見てみたいなーなんて」
加州がねだるような視線と声を向けると、審神者はすっと立ち上がり、奥のほうからキャスター付きの桐箱をゆっくりと押してくる。
いいねいいねと、加州はうきうきしながら桐箱を開けて中を物色し、感嘆の声をあげる。
「めっちゃあるじゃん! これいいな。こっちもいい。これもいいじゃん。ていうかこれ全部いいね」
たとう紙に納められ、無造作に積まれた着物の数々――。小紋や紬、浴衣、木綿やウールなどの普段着から、付け下げや色無地、訪問着、振袖とバリエーション豊か。色合いも、明るく華やかなものから、寒色系でシックなものまで実にさまざまだ。
一通り確認すると、ちょっといい、と加州は審神者を向き直る。
「こんなに衣装持ちなのに、なんで普段は着ないわけ?」
「えっ?!」
いきなり非難されて、審神者は目をしろくろとさせ、戸惑いがちに言葉を紡ぐ。
「そりゃ袴の方が楽だし……。仕事着がずっとこれだったから、こっちのほうがいいなって……」
「えー。じゃあプライベートの時には着てよ。見たいよ。みんな見たいって思ってるよ」
「そうかな……」
「そうなの! あ、これとかもいいんじゃない?」
「あっいや……もうちょい落ち着いた……。これじゃダメかな?」
「ダメじゃない、全っ然ダメじゃない。ま、主がこれと決めてるものがあるんだから、さっきの二着から選ぶか。悩むな~」
と言いつつ、加州は実にうきうきとした様子だ。
しばらくの間、ああでもないこうでもないと着物談義に花が咲いた。最終的に、
「悩みに悩んだけど、洋装の主が見てみたいので、俺のおすすめはこっち」
ということで、小花柄のワンピースとなった。
「アクセサリーはどれにする? 胸元寂しいから、ちょっとなにかあるといいんじゃないかな。髪と化粧は? バッグはどれにする?」
「え、あそこまでは……」
ずいずいと詰め寄られ、審神者はたじたじになったものだ。
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