呼び出したのは、少し背伸びをしたシャレオツなカフェ。
もちろん、情報提供をしてくれたのは篭手切だ。明るい雰囲気に、室内はどこか大正ロマンを感じるレトロな内装で、女子ウケは間違いなし。
いかにも行き慣れない場所と雰囲気に、ネットに掲載中のお店外観・内観等の画像を見ただけで、明石は心の底から怯懦し逡巡したものだが、
『見も知らない大学デビュー男に横取りされていいんですか⁈』
という脅しめいた文言に気圧され、敢行した次第だった。
しかし正直、待ち合わせ場所に行く前からそわそわして気持ちが重くてたまらなかった。こういうのはリア充どもが行くべきところと認識しているからだ。
とはいえ――。
「うわ~映え~。めっちゃ可愛いじゃん」
十一受けはかなり良かったらしく、彼女は普段よりもはしゃいで周囲を見回し、喜びをあらわにしたものだ。篭手切のリサーチ力に感謝。
休日ということもあって二人とも私服だが、めったに見ない彼女の私服に明石はときめきが止まらない。正直に、可愛いっ……と硬直した。
いつも溌溂と結われたポニーテールがまるでお嬢様のようなハーフアップ(ファッションに疎い明石にはこの表現が限界だ)だったり、白いブラウスにコルセット付きのスカートだったりと、普段の凛々しい雰囲気と一線を画す優雅な雰囲気だ。
今少し明石の観察眼が良ければ、薄くではあるが化粧を施していることにも気づけただろう。
「明石ー、どうした? あんたこんな洒落た店知ってたんだ」
席に着くなり、彼女はうきうきとしながらそんなことを言う。さすが鋭い、普通に生きていたら明石はこんな店は知らなかっただろう。
「べっつに……。それを言うなら、十一はんかて。そんなお嬢様みたいな服着はるんですね。いつぞや見たときはどこのヤンキー姉ちゃんかと思いましたわ」
これはもう純然たる強がりだ。明石ポイント10000000000点の服装を心底からありがたがっているが、一応ポーズだけでも。
ちなみにいつぞやの件は、休日に偶然彼女と出くわしたときのことだ。上下ともジャージ姿に大荷物を持った彼女は、派手な化粧にネイルと相まってものすごく怖かった。(――のちに、彼女がオタクイベントにコスプレイヤーとして参加していたことを知るのは、結構後のこと)
「だって、こんな可愛い店に来るなら可愛いカッコしなきゃでしょ。お姉ちゃんからのプレゼントなの。外では一回も着たことのなかった服、引っ張り出してきたんだ」
「ほーん。お姉さんの趣味で」
「そ。お姉ちゃん、セイバーみたいなかわいい子が好きなのよ。自分じゃ似合わないから私にって。私だってちっさくはないんだけどね、どうにも姉にはそう見えてるみたい」
「やっぱりセイバーやん。セイバー意識してはるんかとは思てたけど、ほんまにそうやったとは……。まあでも、どっちかというと十一はんはセイバーよりは凛やな。属性としては」
「私、ヒロインなら桜が好きだな」
「自分は、……」
こうなるともうオタクたちは止められない。ヒロイン論争に始まり、召喚するならどの英霊がいいか、どんな戦い方をするか。そんな話で盛り上がった。
楽しくオタク話に夢中になっていた明石だがふと――気づく。
こんなことをしている場合ではない! と。
考えてもみろ、なんのためにわざわざこんなところに彼女を呼び出したんだ。オタク話をするためか。違うだろう。
そう、今日この場で――はっきりさせるためだ。二人の関係性。彼女がどう思っているのか。今後どうなっていくのか、それを見極めるために。
「ととととととと、十一はん!」
話題が途切れて沈黙が降り立ったタイミングで、明石は決意した。
つっかかり噛みまくりで名を呼ぶと、彼女は目を丸くして驚きをあらわにした。
「はい……。なに?」
「じっ……。……………………」
心臓が喉の奥からせりあがってきて、今にも口から飛び出しそうだ。全力疾走したときみたいにバクバクと鼓動が跳ねあがり、異様なほどに血流がよくなっている。足はがくがくと震えて座り込んでしまいそう。
――今のままでいいのではないか? と心の奥底でだれかが言う。
無理に関係性を明確にしなくとも、今まで通り曖昧なままでいても。これまで見たところ、彼女はあまり恋愛事に興味がなさそうだから、このままいくと案外売れ残ったりして。もしも変に告白なんかして、いやそんなんじゃねーしとでも断られたら、立ち直れるのか?
想像すると血の気が引く。本当に座り込みそうになった明石だが、また別の誰かが――
そんな悠長なことをしていたら、絶対にほかのやつから掻っ攫われる。ここに来るまでで、彼女がどれほどの男の目を引き付けていたか見ただろう。
大学に進学して全く新しい環境で、新しい出会いを経て、彼女は変わるかもしれない。もしかしたら次に会う時には、「明石ー、彼氏できたんだ。紹介するわ」なんてBBS展開がないとは言い切れない。
男を見せろ――。
そんな言葉と桃園の誓い(?)に背中を押され、明石は意を決した。
「十一はん、自分のこと一体どう思うてるんですか⁈」
食い気味な明石に十一は目を丸くし、目をしばたき、
「……どうって。なんでいきなりそんなこと聞くの」
怪訝そうにそんなことを聞き返した。
質問に質問で返すなァー! と言いたいところだが、現状の明石にそんな気の利いた切り返しはできない。それどころか予想だにしない反論に却って動揺し、あわわわと狼狽をきわめた。
凛とした十一の眼差しが、気まずくなるほど真摯に明石へ向けられる。なにを考えているか一切読めない表情だ。動揺しすぎた明石はもはや血の気が引いて青ざめてさえいる。
「もしかして、」
彼女が口を開いた。
「明石、私のこと好きなの?」
包み隠すことなどまったく知らない無遠慮無配慮ド直球かつ豪速の指摘が、明石の心臓を派手に刺し穿つ。
「なっ……」
瞬間、直前まで青ざめていた明石は嘘のように真っ赤になった。それを見て十一は同情するでも配慮するでもやはりなく、どうなの、と追及してくる。
ここが正念場、これこそが年貢の納め時。もはや逃げ場はないと明石は白旗を振った。
「……好き……です……」
机突っ伏す流れで白状すると、ややあってからまじか、と純粋に驚いたような声が返ってきた。
それ一体どういう反応や! 明石はうなだれていた首をぐっと持ち上げ確認する。そうして、顔を上げない方が良かったかもしれないと後悔した。
そこにあったのは、恥じらいでも喜びでもなければ、純度一〇〇パーセントの驚き、それのみ。
しかしながら、きょとんとしていてもなお、それはそれで美しい顔貌であり、ついつい憎らしく思えるほど。
悲嘆も怒りも何もかも通り越して、明石は見惚れた。
馬鹿みたいにぼんやりと見惚れる明石に、彼女はセカンドインパクトをお見舞いする――。
「そっか。じゃあ付き合う?」
「あ……え……」
「どっちなの」
どこまでも呆然としてうまいことリアクション出来ない明石に、十一はゆるく催促した。
「あ、べつに強制じゃないんだけど、」
「っ」
そんな不穏な言葉を聞いて、明石は飛びつかんばかりの勢いで、
「つつつつつつつっつ、付き合う、付き合いますぅ!」
返答していた。
前のめりに過ぎる明石に、彼女は一瞬驚きを通り越してやや引き気味となったが、
「おっけー」
とばかりに、どこまでも淡々とした態度を崩さず、会話が途切れたのを機に携帯をいじり始めた。
まさかまさかの告白を「受ける」という形で積年の思いが成就した明石であるが、しかし、あまりにも代わり映えのしない様子に不安が入り混じる。
――ほんまに分かってはる? 付き合うてそういう意味の付き合うやで? カラオケに付き合ってとか、そういう付き合ってやないねんで。
いやな意味で非常にドキドキしていると、不意に、
「そういえばさ、」
彼女が携帯から視線を外して明石の方を向き直った。
「明石はこれまで彼女とかいたことあんの?」
どこまでもあっさりとそんなことを聞いてくる。
答えは全力でNOだが、しかしこのNOが一体どんな結末をもたらすか――。
いや、と明石は自己弁護する。自分そんなにモテへんわけやないし、ちょっとくらい盛って話してもえんと違うか? 彼女いない歴=年齢と知ったらどう思われるか。
弁護になっていない謎の言い訳に納得すると、
「ばばばばばばばばかにしてもろたら困る」
動揺ゆえにめちゃくちゃキョドりながら噛みながら嘘を吐いた。
さて、どんな反応をするのか――。彼女がどう思うのか、それが気になるという面ももちろんある。
ドキドキしながら返答を待つ明石に、十一は無邪気に、
「へーそうなんだ。明石けっこうモテるって聞いたことあるけど、ホントだったんだね。私は初めて」
恥じらいもなく返したものだ。
私は初めて。
ということはつまり――彼氏いない歴=年齢、つまり条件としては明石と同一。それってつまり、それってつまり。自分がはじめての彼氏……?
喜びと高揚とその無邪気さゆえに、ふたたび明石国行の心臓は刺し穿たれる――。明石の遺言は『ゲイ・ボルグ……』。
ここで完全に明石は有頂天となった。
なにかこう、ここはひとつ、気の利いた言葉でも。そう思って意を決して、
「あ、いや……自分も初めてで……。初めて同士、お勉強……」
「お待たせいたしました~。クラシックプリンとフレンチトースト、ホットコーヒー二つお持ちしました~」
はっっっっずかしいセリフを言おうとしたまさにその瞬間、可愛らしいウェイトレスがやってきて注文の品をテーブルの上に並べていく。
硬直を通り越してもはや石化した明石をよそに、十一は如実にテンションを上げた。
「うわー、硬いプリンだー! この昔風のかったいプリン好きなんだよね~。フレンチトーストもおいしそ。あ、ごめん。明石なにか言いかけた?」
映える品々を前に、今日イチでハイテンションとなった十一が、ついでのようにそっと気を回す。
「……なんもない! フレンチトースト美味しな!」
「美味しいなら……よかったけど。どうしたよ」
「なんもないて! ふーんだ!」
気恥ずかしさと情けなさゆえに、明石は今日イチ拗ねた。
つづく
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