それ以来、清磨に対して特別な思いを傾けつつあった。
もともとそれなりの好感度はあったし、そもそも政府所属だった刀剣は、みないろんな意味で特別な存在感がある。きっとそれに毛が生えたようなものだろうと、気にもとめていなかった。
今少し若かったら、気にすぎて仕事にならなかったのかなぁ、などと年寄りじみたことを審神者は思う。
過ぎ去った青春の日々に思いを馳せ、あの頃はそれが楽しかったなあ。などと、やはりどこまでも年寄りくさいことを思いながら、審神者は本日の近侍である――清磨を伴い刀装管理室へ向かった。
刀装の管理は、刀剣の管理と同様に非常に重大な業務のひとつだ。刀装は刀剣男士の戦をサポートしてくれる重要な存在である。数と種類の把握、正常に作動するかの動作確認は、新たに刀装を生み出す以上に重要な日課だ。
清磨が管理用のタブレットを持ち、審神者がひとつひとつ数え、動作確認していく。軽歩兵、重歩兵、精鋭兵……十種類の刀装が、さらに並・上・特上のランク別に整然と並んでいる。第一の棚、下から数えて上に。棚は全部で六つある。
いつもと違うことと言えば、直近の戦力拡充にて量産した刀装兵が、乱雑に詰め込まれ棚の一番上に置かれているということだ。
棚の一番上は、審神者の手が十分には届かない。
「まったく……」
いったい誰が片づけたかは分からないが――脳内で仕事の雑な者数名をピックアップしながら――、背伸びして箱に手をかけた。取ろうとして、思いもよらない重さに手首がぐぎりと悲鳴を上げる。
「いっ‼」
その瞬間箱が傾き、中身がこぼれ落ちそうになり、
「あぶない!」
後ろからの衝撃とともに、箱がガッシリと掴まれ危なげなく床に下ろされた。
遅れてやってきた、ふんわりまったりと甘い匂い。どきりとして後ろを振り向きかけると、すぐそばに顔かたちが見えて慌てて前を向き直った。
今現在の審神者は、後ろから清磨の腕の中に閉じこめられる形となっている。特に、彼が外套を身に着けているため、ちょうどその中に隠れるような塩梅で、――審神者の心臓がにわかに跳ね上がった。
「怪我してない?」
耳元で問われ、大丈夫と審神者はこくこくと頷く。
「重いから、無理をしないで。怪我でもしたら大変だよ」
刀装を壊すのもまずいしね。ちくりと注意され、審神者はすみませんでしたと率直に詫びる。
事が済んで、自然とふたりの体が離れた。――離れ際、甘いかおりの中にどこか煙たいような匂いの痕跡を感じて、煙草を吸ってきたのだろうか、なんてことを考える。
「っごめん……。ありがとう」
とっさにそんなことを聞きそうになったが、寸でのところで飲みこんだ。どさくさに紛れて匂いを嗅いだことがばれたら、それこそ大事である。変態審神者の烙印を押されてしまう。
必死にそんな考えを振り払って、刀装管理の作業へと戻った。
一通り終わってしまうと、清磨は端末を操作してデータをサーバに転送しはじめた。彼の後ろ姿をちらりと盗み見て、そういえば――と審神者は思う。
清磨と彼女の身長は、そう大きくは変わらない。後ろから支えられた時も、頭の位置はほとんど変わらなかった。それなのに、――後ろに倒れかけた審神者を受け止めても、清磨の体はまったく揺るがなかった。背中で触れたかぎりで筋骨隆々な感じもしなかったが、すべてのモーションに余裕があったことは覚えている。
男なのだなぁ、としみじみと審神者は思う。当たり前にすぎることなのだが。
外套で覆われた背中も、実は意外と。そんなことを考え、唐突な罪悪感に苛まれ、審神者はゴンと一発柱に頭を打ち付けておいた。
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