そんな男らしいとは聞いてませんが - 4/4

 少し前には、本丸の広さと出陣・遠征の忙しさ、近侍の間隔の遠さを呪ったものだが、今ではそれが幸いと思えた。
 清磨が審神者の態度に気付いているか、またはどう思っているかは分からないが、特に波風が立っているとか、変な噂が立っている風でもないため一安心だ。
 このまま、ほとぼりが冷めるまで――。
 しかし、審神者の思惑通りにはならなかった。

 

 ある日、宴会が行われた。
 名目がなんだったかは分からないが、出陣や遠征等で本丸にいない刀剣男士を除いてほとんどが出席していたから、かなりの規模だったといえる。
 審神者も例にもれずハメを外し、飲んで食べて歌って踊ってしゃべって――同じくへべれけに酔った豊前江と、ずっと肩を組んでいることに気付いて初めて、飲みすぎだと自省しそっとその場を離脱した。(豊前江はおそらく審神者より酒に弱いのだろう)
 このまま帰るか、しかし一人帰るのも名残惜しい。そうだ煙草、吸おう。思い立って審神者はふらふらとしながら喫煙所へと向かった。
 月が丸く明るく、美しい晩だった。
 いざ喫煙所へと赴き、長椅子に腰かけ煙草を取り出そう――という段になって、煙草のポーチを持っていないことに気付いた。一生懸命探そうとしていたスラックスのポケットは、しかもフェイク。どうにか手を入れようと頑張っていたのが滑稽極まりない。
「って、あほかーい」
 ツッコミを入れて壁にもたれかかった、その瞬間。
「こんなところにいた」
 少しだけ冷めた声がして、審神者はすこぶるビビッて体をびくりとさせた。
 はっと声のした方向を向くと、清磨が立っている。
 源清磨。
 大してろくな働きもしていなかった審神者の頭が、今度こそ真っ白になって機能停止した。
「っ……どどっ、どうしたの」
「主こそ。一人で抜け出して、こんなところにきて」
 清磨はつかつかと歩み寄ってきて、審神者の隣に腰かけた。万事休す。誰もいないのだから椅子の真ん中に腰かければよかったものを、生来の小心ゆえ端の方に座ってしまったがため、完全に退路を断たれた形となった。
 しかも、近い。普通に太ももが触れ合う距離で、審神者は激しく動揺した。
「いいい、いや、煙草、吸おうと思って」
「手ぶらで?」
「……吸おうと思ってやってきて、携帯してないことに気付いたの」
 ふうん、と清磨が言う。納得するしない以前に、その答えに興味がないようだった。自分から聞いたことなのに。
 彼は酔っているのだろうか、と自分のことを棚に上げてそんなことを考える。現実逃避というものもあるが、一応は、現状を分析して問題解決のヒントを得ようとしているのだ。
「主、最近僕のこと避けてるよね」
 ――得ようとしたのだが、無理だった。
「えっ」
 思いもよらない発言に、元々白かった頭の中が殊更白くなった。――気づいてたんかい、と審神者は思う。そんな馬鹿なことが。いや、しかしこの場合、そんな馬鹿なことが実際に起きている。
「それを確かめるために追いかけてきたんだ」
「えっ」
「どうなの」
「ええっ……」
 え、しか言えない審神者であるが、ずいと太ももに彼のそれが触れて、ひぃぇえ……と情けない声が漏れた。
「さ……けて、ませんが」
「嘘ばっかり」
「えぇ……そ……でしょうか……」
 それってあなたの感想ですよね。か細い声で突っ込んでみるが、さらっと黙殺されて、もっと苦しい局面に立たされるところとなった。
 清磨は、多くを語らない。多くを語らないが目や雰囲気で圧倒してくる。ついでに太ももでも。源清磨というのは、こんなに怖い男士だったのか――審神者は軽く絶望した。
「今だってそう。目も合わせようとしない」
 ささやくような声で糾弾され、ついに審神者の理性が吹っ飛んだ。
「それはあなたが近すぎるからですがァ⁈」
 ぎんっと睨みつけたはいいものの、とにかく近い距離にいる彼に怯んで、審神者は一瞬で敗北した。思わず顔を背けようとして、
「目を逸らさないで」
 審神者の目の前を、腕が通り抜けていった。それは彼女の右側面に位置する壁に置かれて、完全に完璧に審神者を閉じ込めてしまった。
 前には腕、後ろには壁、右横には壁、左横には清磨。まるで逃げ場がない。
 壁ドンという胸キュンシチュエーションに関わらず、審神者は青くなった。――もはやこれは、だめだ。
 審神者は観念した。とかく諦めが良かった。
「っこれはすべて私個人に問題があることであって決して清磨に非はなく、私が勝手に悶々とした結果、清磨と顔を合わせづらいという胸中になったというか、そのために避けるようになってしまったというか、とにかくそれで不快にさせたなら申し訳ない、ごめん、謝ります!」
 一息に言い訳がましい弁をかます。腕にぶつかるかぶつからないか、すれすれのところで頭を下げさえした。
「なんで悶々としてたの?」
 しかし清磨、追及の手に容赦がない。口調はおっとりとして言葉遣いも柔らかいのに、しかし有無を言わさぬド迫力がある。おいおいそれを聞いてくれるな、と審神者は苦い顔をするが、そんなことは関係がないとばかりに黙殺された。答えるしかないという空気でさえある。
「っ……い、意識してしまって」
「なにを?」
「……清磨」
「どんなふうに?」
「どんな⁈ えっとつまり……」
 審神者は視線を泳がせた。――そうすると目に入る、壁につかれた清磨の手。色は白いが思いのほか骨っぽい。触れている太腿もそう。
 別に強い言葉を使っているわけでも、睨みつけているわけでもない。それなのに、この柔らかく甘い空気感のなかに、絶対に逃がさないという烈しく強い意志が明確にあって。
 弱者だ敗者だと、審神者は冷静に自分の状況を俯瞰した。もっというなら――捕食される前の獲物。やるなら一思いにやってほしいが、とにもかくにも、彼の質問に答えなければ、この拷問に等しい時間が何時間でも続きそうだ。
「き……清磨を、」
 市中引き回しを食らう敗軍の将、という胸中で審神者は打ち明けた。
「異性として……意識、している、というか……」
 瞬間、あたたかいものが頬に触れた。掌。そうして清磨の方を向かされる。
 もうだめだ、逃げられない。
 清磨の顔が近づいてくる。――あとはもう、夢と同じだった。

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