いけないこと - 2/3

「主さ、彼氏できたでしょ」
 休憩室でぼーっとしていたときのことだ。
 ずけっとそんなことを言われ、審神者はしばし呆然としたのち、ゆっくりと声の方を向き直った。
 不躾なほどにまっすぐ問うたのは、加州清光。初期刀でこそないものの、それに次ぐくらい頼りにしている刀剣男士だ。
「……な、なにを急に」
「あ、別に相手が誰とか追及しないから安心して。できたのは当たってるでしょ?」
 加州は自分の分のコーヒーを淹れると、どっかりと審神者の正面のソファに腰を下ろした。姿勢は前のめり。これは、逃げられそうにもない雰囲気だ。
 彼女は早々に観念し、当たってる、と短く答えた。――今まで彼とこのテの話はしたことがなかったが、意外とこういうのに鋭い質らしい。
 そんなに分かりやすかったかな、と自省していると、分かりやすいってほどじゃないよ、とまるで胸中を読んだようなことを彼は言う。
「明け透けでもないけど、隠し立てしてるってほどでもなくて、超自然体。うまいと思うよ。でも残念、純朴を絵にかいたような主が色っぽくなると、自然とかなって勘ぐっちゃうわけ」
「え、ええ⁈」
 色っぽいという部分に過剰反応してしまい、思わず審神者は飲もうとしていたコーヒーを落としかけた。あやうくキャッチしてロウテーブルに置くと、目の前で加州が呆れている。
「そんなに驚くことある? 主くらいの年で男が出来てうまくいってたら、それくらいは……ねえ。あ、でもセクシーとかエロいとかそういう感じでもないから安心して。ただただ、いい恋してんだろうなって思っただけ」
 なんでもないような口調と顔つきで、結構とんでもないことを口走る加州に、審神者は目を白黒とさせて慌てた。
 ややあってからどうにか衝撃を飲み込み、かすかな声でそうだねと相槌を打つ。すると加州は、ねーえ、と甘えるような声を出した。「前言撤回」
 さらに前のめりになった彼の目には、好奇心が爛々としている。
「主の彼氏さ、本丸にいるでしょ」
「え⁈」
 追及しないのではなかったのか。どぎまぎとしている審神者をよそに、加州はどこまでも楽しそうだ。笑顔さえも見え隠れするほどに。
「完全に俺の勘なんだけど。……清麿、だったりしない?」
「…………」
 まさかの大正解に、審神者は驚きを通り越してもはや恐ろしくなった。厳密に隠蔽しているわけではないが、かといって、人目のあるところで分かりやすく振舞ったことはない。
 なにか手落ちがあっただろうかと回らない思考を回転させていると、加州は耐えきれないといったふうに笑い声をあげた。
「いや、顔。正解ですって自白してるじゃん」
「……なにかしくじったかなって、考えてる顔なんだけどね」
「だから、勘だって。でもやっぱそっか。なんとなくね。主の雰囲気が変わったんだけど、なんていうかこう、清麿に寄っていってる気がして」
「似てきたってこと?」
「そ。今までの主は素朴で誠実って感じだったけど、最近は妙に雰囲気があるんだよね」
「そうかな……」
 いたずらを成功させた子どものような表情でいる加州と、相反して審神者は気のぬけた顔つきでソファの背もたれに沈んでいる。
 絶対に隠し通すつもりでもなかったが、こうも簡単にばれているということは、加州以外にも露見しているのではなかろうか。――なんとなくやりづらいなぁ。そんなことを思ってため息をついていると。
「ね、なんで清麿だったの?」
 加州は興味津々といった声と表情とで問うてきた。
「なんで、って……」
 審神者が口ごもると、彼はつづけてどういうところに惹かれたの、とか、どっちから惚れたの、とか次々に質問をねじこんでくる。これは一つくらい答えないと終わりそうにない。
「……ギャップ、かなぁ」
 苦し紛れにそんなことを呟くと、加州はさらに活き活きと身を乗り出してみせる。
「どういうギャップ?」
「中性的な見た目に、それと相反する……男っぽさというか。タバコを吸ってるところが、とてもセクシーで。……」
 勝手に語って勝手に恥ずかしくなり、審神者はもう行くね! とコーヒーカップのごみも捨てず、慌ただしく休憩室を出た。
 なんとなくこの時のことが頭から離れず、審神者の足がしばらく休憩室から遠のくという弊害を生んだりもしたが、それは別の話。

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