いけないこと - 3/3

「……白状します。清麿の女装姿にぐっと来ました。ありていに言うと、よっ……よよ……欲情、した……というか」
 こうべを垂れ、膝をつき――しまいには突っ伏して許しを請うような姿勢になったのは、羞恥心に耐えかねたから。
 ほとんど土下座するような姿勢で白状する審神者を前に、清麿がぽかんとしている。飄々として少しも余裕が崩れない、のが源清麿だと思っている彼女には、想像もできない顔だ。
 畳に両手と額をついてうなだれる審神者の耳が、ふっと笑う声を拾う。わかった、ちょっと待ってね。そんな言の葉も。
 言葉の通りそのまま待っていると、――体感で三十分程度か。さすがに土下座に疲れた審神者は、うつぶせのままで体を長くして、土下寝ポーズへと移行していた。
 軽やかな足音と共に、お待たせと声が聞こえる。許しがあれば頭をあげようと構える審神者は、待ちきれないとでもいうように腕をつかまれて、半ば無理やり起こされた。
 瞬間、ふわりと香った――あの、におい。
 やにわに顔を上げると、そこにはあの時に見た傾国の美女がいるという寸法だった。
「あっ……」
 せっかく起きたのに、審神者は再び膝をつきそうになった。衝撃で膝から抜けたのだ。しかし、それを美女の腕に抱き留められて事なきを得る。こんなにたおやかな見た目なのに、腕の力は思いのほか力強かった。
「大丈夫?」
 目をほそめながら言った清麿に、審神者は上ずった声で大丈夫と返す。緊張――否、興奮。胸の高鳴りは、甘酸っぱい感情由来のものではない。
 清麿は抱き留めた審神者を、そのままゆるりと抱擁した。どこからどう見ても、妖しげで美しい未亡人。
「主。こういうの、好きかなとは思ってたんだ。読みが当たって嬉しいな」
 それなのに、話す声は、抱き留める腕は、男のそれ。
 脳がバグる。興奮する。審神者は清麿の腕の中で、彼に縋りつくことでどうにか立っているような塩梅だった。――思考も、正常には働いていない。
「す……好き。です。ドキドキする」
「どんなところに?」
「清麿が……綺麗で」
 いつの間にか近場のソファに移動して、ふたりは隣り合って座っている。そこに移動するつかの間の記憶さえないくらいだから、審神者の脳内は相当混乱しているようだ。
 しっとりとうるんだ目元に見つめられて、彼女は咄嗟に目をそらした。
 これは――いけない。たとえ彼が本当に女性だったとしても。一線超えてしまいそうだ。否、彼だと分かっているからこその反応なのだろうか。分からない。
 ぐるぐると考える審神者の手を、さらりとしたものが包み込んだ。
 びくりとしてそちらに目をやると、鮮やかな着物の袖から伸びたしなやかな手が、彼女のそれを握っていたのだった。白く、指の長い。骨ばった、手。骨ばっているのに、それもどこか退廃的でそそるものがある。
 白い指が、そっと審神者の手の甲を、指を、撫でる。時折指の間に潜り込ませ、意味深にさする。たったそれだけのことなのに、ぞくぞくと肌が粟立ってやまない。
「っ……」
 おもわず、悩ましい吐息が彼女の口からこぼれ落ちた。
 咄嗟に口を噤もうとすると、だめ、と顔が近づいてきて――玉虫色に輝く唇が、審神者のそれを柔く食んだ。
 紅がうつるだろうか。彼女はそんなことを考える。きっと綺麗な色だろう。そう思ったときには、うっとりと目を瞑ってしまっていた。
 ふふふ、と喉の奥で笑う声が聞こえたかと思えば、唇にかすかな吐息が触れて。次の瞬間、唇が重なった。
 しっとりとした唇同士のふれあいは、徐々に熱を帯びて深く濃密になっていく。――せっかくの化粧が崩れちゃう。そう思って、審神者は彼の肩を叩いて注意を促した。
「……よれちゃうよ」
 やっとのことでそう呟くと、それに答えるようにもう一度口づけの追撃があった。よれても別にいいだろう、というところか。
 唇を重ねながら、舌を吸い合いながら、審神者は客観的に――想像した。
 どう見えているのか。
 女の自分と、女よりも美しい見た目をした清麿。女同士にしか見えないふたりが、唇をむさぼり合っているということ。その退廃的な状況に、体の芯が激しいくらいに熱を帯びた。
「主、……いつもより感じてる?」
 口づけの合間にそんなことを聞かれ、一瞬審神者の脳内が白く飛んだ。恥ずかしさをごまかすように、清麿の首に腕を回し、体重をかける。と、意を汲んだ彼がゆっくりとソファに背を倒した。
 女の装いをした、美しい清麿を押し倒しているという状況。
 ふつふつとこみ上げてくる激しい劣情に、審神者は戸惑いつつも身をゆだねた。
 いつもなら恥ずかしがってなかなか自分からはしないのに、大胆にシャツを脱いで下着姿になる。肌が露出すると、清麿の目が少しだけ鋭くなったのが分かった。
「今日は積極的だね。嬉しいな」
「貞淑な大和撫子に攻めさせるわけには、いかないでしょ」
「そんな風にみえる?」
「……うそ。物欲しそうな未亡人として見てる」
 下着を取り払って審神者が告げると、彼の目に、はっきりと情欲の形が現れた。

送信中です

×

※コメントは最大10000文字、100回まで送信できます

送信中です送信しました!