夏油傑離反回避ルートに入ります。 -5- - 2/4

 ――新学期始まって早々。
 私たちを待ち受けていたのは、校外学習の皮をかぶった「ごく普通の」の任務だった。
 場所は、都心からだいぶ離れたのどかな集落。
 そこに聳え立つ、かつて霊山だったとされる山で、昨今神隠しが頻発しているという。
 村おこしの一環で、「気軽に登れる山」として紹介されたのがヒットして、にわかに登山客が増えたのだとか。それに伴い、行方不明者が多発した。
 行方不明者は五名。しかも三ヶ月の間で、だ。いずれも年齢も性別もばらばらで、共通点は「登山客」だった。
 村おこしがこのような結果に至り、大変遺憾です――。で済ませるには、失踪者が多すぎる。
 そんなわけで、高専側に調査の依頼がきた、というわけだ。
 もともと地元民の間で神隠しのうわさはあったが、それさえも神秘的とされて受けたらしいが――まったく冗談じゃない。
 神隠しが起こるには、それなりの理由があるというのに。それを逆手にとって村おこしとは、しかもそれがヒットするとは何事だ。
 怒れる高専生をよそに、任務は静かに始まりを告げた。

「ここ、いるね」
「ああ。濃厚に感じる」

 登山道の入り口で呟いた五条に呼応したのは、夏油だ。

「それも結構強そうだ。……硝子は、」
「補助監さんとここで待機~」

 ゆるやかに手を振った硝子、実に懸命な判断だ。――残穢に絡まる線を見るだけで、今までとは性質が違うことが濃厚に分かる。

「雪名はどうする?」

 夏油の問いに、一瞬迷った。
 補助監督と一緒なら、硝子は大丈夫だろう。無意識に腰のミーケさんに手を触れて考え込む。
 呪霊との距離があるせいか、はっきりとした因果律はまだ観測できない。……ただ、ここで失踪した人々の軌跡は、辿ることができる。
 得体のしれない敵の前で、しかもそのテリトリー内で。無暗に歩きまわるよりは。

「行く」
「足引っ張んなよ」
「尽力する」

 軽口の五条にさらっと返すと、彼は口をつぐんだ。たぶん、もうすぐそんな口も利けなくなる。
 因果の線をたどりながら、私はごく自然に彼らに並んだ。

「とりあえず、登山客の足跡をたどろうよ。残穢は登山道に沿ってる。なにか分かるかも」
「おお、今日は雪名先生の仕切り? 任務慣れしてる人は違うね」
「悟、」
「まあね。口より足を動かそ」

 黙々と歩き始めると、とうとう五条も黙った。

 残穢に導かれるようにして、私たちは歩く。ここまで来ると、大体の概要はつかめた。
 黒紫の線は、呪霊のそれ。そっと手を振れると、見えてくる。
 山の中腹に、祠がある。かつて霊山としてあがめられていたここを守っていた、山の神。信仰するものが絶えて零落した……違う。これは神ではない。
 もっと、『潜る』。より深く、もっと古い線へ。
 ――見えたのは、この祠の最後の守り手。戦後、この集落に唯一あった神社の神主……ではなく、その息子だった。
 家を継がなかった息子は、老体で動けなくなった父の代わりに、管理できなくなった祠を遷宮した。しかしその手順が少々まずかった。
 工場勤務だった彼には、十分な知識がなかったのだ。
 神の御霊は、その大部分を新たな祠へと移すことができた。しかしそこには――神性が、かすかに残った。
 そこに行きついた自殺者の怨念と神性が、――偶然、しかし必然的に絡み合い、長い月日を経て融合し、強力な呪霊を生んだ。
 残滓のような神性とはいえ、神は神。
 長年、この山と麓の集落を鎮護し、豊穣を与え、大切に祀られてきた存在だ。おそらくは、山の神と田の神が融合した、産土神。
 その神性はかけらでも強大で、……それによって生まれた呪霊の強さは計り知れない。
 きっと二人も、それを肌で感じ取っている。ピリついた空気が、肌を刺すようだ。
 成り立ちは分かった。その後のこと――さらに、『潜る』。
 失踪者。報告にあった通り、年齢も性別も出身地もバラバラ。そのいずれも、この祠に参り――それがトリガーとなった。
 この祠に手を合わせることで、呪霊の位相を視認してしまう。
 見るも無残な化け物の姿を目視してしまった登山客は、恐慌し、冷静さを失い、……そうして、自ら呪霊のテリトリー内に入り込んでしまった。あとはお察し。
 無残に食い荒らされる映像を即座に遮断すると、顔をしかめる。
 おびき寄せて、食らう。単純だが、この山全体というバカ広い領域を展開できるだけの呪霊だ。
 五条と夏油の火力があって、ようやく。私単体であれば、間違いなく勝ち目がない。いや――そもそも論。
 彼らの火力で呪霊を払ったとして、山全体が崩れるのは目に見えている。そうなれば被害は甚大、なんてものでは済まされない。
 これ一年生に任せる任務か……?
 疑問に思うが、今に始まったことではない。いざとなれば、逃げかえって山を封鎖し、あとは高専の誇る呪術師たちにお任せコースもありだ。

「まず、やることをはっきりさせたいんだけど」

 立ち止まって二人を見上げる。

「この任務は、調査がメインだよね。現場で無理だと判断したら撤退し、上からの指示を仰ぐ。そうだよね」

 呪霊が払えなくても問題ないことをアピールする。……この二人なら、なんとしても払おうとしそうだから。
 ただ、……彼ら二人の火力で払えない呪霊なら、ほかの術師で対応できるかという話でもあるが。

「まあ、先生からの指示はそうだったよね」
「指示を仰ぐとか、そんなかったるいこと言ってらんないだろ」
「いや、この呪霊に即時性はないから。山に入りさえしなければ、」

 言いかけて、しまったと口をつぐむ。
 呪霊本体も現れていない状況で、なんでそんなことが分かるのか。そこを突かれたら、私は何も言えなくなる。

「は?」

 案の定五条が引っ掛かって、突っかかってきた。

「即時性がないって、なんで分かるんだよ」
「いや……。……麓の村で怪異は起きてないでしょ。失踪者は登山客に絞られてる。だから、山に入りさえしなければ呪霊に襲われる心配はない。そう推測した。間違ってるかな?」
「いや、はっきり断定しただろ。即時性はないって」
「だから……言葉の綾だよ、そんなところ深堀りしないで」

 あぁ……面倒くさいことになった。
 頭を抱えたくなる一方で、冷静な夏油が口を挟む。

「雪名の意見には賛成だけど、……まずは呪霊を確認してからじゃないかな。術式を見てからじゃないと、判断がつかない」
「……それはそうだね」
「お前なんか隠してんだろ?」
「隠してないよ……」
「さっきの確認といい、帰らせようとしてるだろ?」
「してないって……。分かった、じゃあまずは索敵。それから判断する。それでいいですね?」

 五条は納得していないような表情だが、フンとそっぽ向いて歩きだした。
 夏油はそんな五条の背中を一瞥し――ちらりと私を見た。
 彼の目もまた、なにか知っているのか? と問いかけるようだ。それに対する答えを持ち得なくて、私は目をそらして五条に続いた。
 歩きながらふと、因果の線を見る。どうにも色が悪い。先行き不安しかない。

 そうして歩いた先、――五条が立ち止まる。

「誰かいる」
「え?」
「……登山客かも」
「最悪」

 走り出した私に、おい、と彼が怒鳴るように声を上げたが、説明する暇はない。
 もしも登山客が、あの祠を見つけたら。
 朽ち果てたそれに、手を合わせたら。
 呪力を練って足に溜め、一気に跳躍する。そうして駆けつけた先で見たのは、これまでの人生で最も最悪の光景だった。
 後ろ姿は、登山客のそれ。リュックを背負い、山歩きに適した服装。おそらく中高年の、男性。山菜を入れたビニール袋を提げている。――祠に向かって、手を合わせている。

「だめ!」

 もはやそんな言葉は遅すぎた。
 瞬間、ぐにゃりと空間が歪み――醜悪な姿の呪霊が姿を現した。
 登山客の右側から。声にならない声が男性に聞こえ、その姿を視認する。

「っう、うわあああ!!」

 登山客が走り出し、呪霊の領域内に入った。
 ――因果律、観測。伸びる線を右手でつかむと、そこに意識を集中させる。
 そこには二パターンの因果律が存在した。

 私がこの場を離脱する。
 ――呪霊を確認した、術式を確認した、自分たちには対処できなそうだから、撤退しようと提案する。無理矢理撤退させる。
 結果、登山客は呪霊に食われる。一番ありえない。
 
 私が呪霊の位相に飛び込む。――呪霊の攻撃が来る。私が呪霊の因果律の一部を断つ。結びついた神性。それを切ってやることで、呪霊は山全体を支配する能力を失う。神の因果を断った代償は甚大。
 結果、追いついた五条が呪霊を払う。山が崩れる副次被害は発生せず。

 これ、選べないやつ。
 しかし、その真っ赤に染まった因果の線を辿る以外に、道がない。
 そのためには、五条がすぐに追いついたらまずい。神性を断ち切る、一瞬の時間稼ぎを。
 願いを込めて、短刀を抜く。
 追いかけてきた五条の進行方向にめがけて、投擲する。一時的な結界術を施したそれが、五条の足を止める。長くはもたない、でも短くていい。地面に、深々と刺さった。
 愕然とした顔つきの五条を置いて、私は歪んだ空間に身を投げた。

「た、助けてください!」

 縋りつこうとする男性を、身をかわして避ける。躓いた男性が前のめりに派手に転倒するが、これくらいの怪我は勘定の内に入れない。

「動くな、顔上げるな!!」

 絶叫にも似た声に、男性がびくりとしてそのまま地面に伏す。
 まがまがしい呪霊の姿――猿のような、女のような、それとも似つかない化け物。
 絡み合った線のなかに、うっすらと、しかし神々しく光る金色の線がある。これが、神性――。初めて見るその色に息を飲みつつ、そうして、来るべき代償に恐怖しつつ、手をかける。
 切れない。
 いや、薄い線だ。指先一つで切れるはず。
 切れないと思うのは、代償が怖いから。
 でも、そうこうしている間に五条が追い付く。そうすれば彼は、きっとこの呪霊を払う。彼が払えば、山は崩れる。
 なら、迷っている暇はない。やるしかないのだ。
 振り上げたこぶしで、その金色の糸を――断ち切った。 
 瞬間、胸に熱い衝撃が走った。攻撃ではない。おそらく、『代償』。
 胸がもやもやとした刹那、咳がこみ上げて――鮮やかな赤が散った。肺だわ、これ。痛いっていうか熱いっていうか、……ヤバイ、止血しないと死ぬ。
 仰向けに倒れながら、反転を回す。
 とりあえず止血。血液が溜まると、心臓が止まる。息ができなくなる。だめだ、呪力練れない。それでも練ろ。練れなきゃ死ぬだけだ。
 くそ、もう少しうまくなんねーかな。だめだ、止血で手いっぱい。痛い、苦しい、熱い、死にそう。
 息を吸うたび、胸の奥で何かが潰れる感覚がした。ぶちぶちぶち。あ、これ肺胞がつぶれる感じ?
 血のあぶくを吐きながら、虫の息で転がっていると。

「雪名、お前っ……!」

 怒鳴りながら走ってきた五条が、呪霊と対峙した。

「……っ払って、」

 声を上げると、喉の奥がもやもやして、再び血液交じりの咳が出る。

「言われなくても払う! 喋んな!!」

 彼の呪力がみるみる膨れ上がり、――いやいや、見物してる場合じゃない。呼吸を整えながら、回らない頭で反転術式を最大限稼働させる。
 まあ、骨折さえろくに治せないほどのしょっぱい反転じゃ、止血できたら御の字か。出血量どのくらい? 意識は保ててる、即死レベルではなさそう。
 それでも代償の重さは過去一。あんなに細い、今にも途切れそうな線なのに……神様ってやばいのな。
 文字通り秒で払った五条が、私のもとへと駆けつけた。

「っお前、勝手に突っ込んでいって何死にかけてんだよ! 馬鹿か!!」
「いやほんっ……すまない。硝子ちゃん呼んで、肺、いっちゃってて……反転回してるけど、止血が精いっぱいで……」
「悟、雪名……っ雪名?!」

 少し遅れてやってきた夏油の声を最後に、私の意識は途切れた。

 

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