その後のことは、つつがなく処理されて、一件落着。
呪霊が払われたことで、失踪者の「遺骨」は無事に回収されたという。数か月しか経っていないのに、白骨化されて発見されたことについては、どのように処理されるか――それはあとからのお楽しみ。
その場で硝子からの処置を受けた私は、高専の息のかかった病院にドクターヘリで搬送された。
その時点ではすでに傷もふさがり、意識もはっきりとしていた。が、念のために検査入院となり、翌日には退院できた。
お迎えには、夜蛾先生が来てくれた。
「……悟たちから、話は聞いている」
車内での第一声は、重苦しいものだった。
運転席の岩清水さんは、普段の軽口を一切封じて置物に徹し、私は助手席で居住まいを正している。さて、彼らが何と証言したか。考えなくても分かる。
「お前が『無暗に』領域につっこみ、しかも……悟を結界で一瞬妨害したと。任務慣れしたお前が、手柄を横取りしようとした、あるいは判断を誤ったとは考えにくい。……何を考えての行動だったんだ」
この検査入院の期間、何もしなかったわけじゃない。懸命に――言い訳を考えていた。こういうとき、AIがあれば楽だったのにな。おかげで一晩かかった。
「私が突っ込んだのは、正確には領域ではありませんでした」
「……なに?」
「領域と呼ぶなら、あの山全体が、でしょうか。登山道の入り口と、その外。明らかに空気が違っていました。侵入時の違和感は、きっと彼らも気づいたはずです。しかしそこから先の違和感は、段階的にしか存在しなかった。……呪霊のすぐそばの、『領域の入り口』に見えたものは、単なる視覚的なエフェクトです」
「なぜそう言い切れる」
「残穢が、点でも線でもなく、面でした」
私たちがたどった残穢は――自殺者のそれだ。まだ呪霊化する前の、しかしこの世のすべてに絶望した、生者の痕跡。
普通の人間では、おそらく神性と融合することができない。自殺者はおそらく、潜在的な呪術師だった可能性がある。
もちろん、そんなことは言わない。
「登山者が祠に手を合わせた瞬間に、『領域のようなもの』が出現し、呪霊が姿を現した。おそらく手を合わせるという行為が、呪霊出現の条件だったのかと」
あとはもう、口八丁手八丁――。
「ここからは、これまでの経験と知識による憶測です。過去にも、これに似た事例に遭遇したことがあります。零落した神の呪霊化。信仰に根付いたものは、どうしたって強力だった。領域もけた外れに広い。情報の断片から、おそらく祠に関係すると思いました。そのまま呪霊を倒せば、領域ごと……崩壊するとも」
信じられないくらい口が回るのは、夜な夜な必死に台本を書いて、練習したから。
詐欺師は口が回る。……全然まちがってない。
「だから一瞬でも、確認する時間が欲しかった。でも、私には説得できる材料がなかった。五条君が呪霊を発見したら、即払うと思った。彼があいまいな言葉で止まるとは思えなかったから、……だから、止めました」
「刀を投げてか」
「手荒な真似だったとは思います。申し訳ないとも。……でも、考えすぎでしたね。私は呪霊の攻撃を受けて動けなくなった。そこを、五条悟に華麗に助けられた。感謝しかありません」
神性を断ち切った点については、どうしても言い訳が思いつかなかった。評価は下がるだろうが、別に高評価の呪術師になりたいわけじゃなし、まったく問題ない。
私の淀みのない説明を、夜蛾先生は神妙な面持ちで聞いている。そこに、どんな思いがあるのか。あえて読み取らない。
重すぎる沈黙の中、車が信号待ちで止まる。
「……術式に関係することか」
低い声が、問いかける。
さすがに鋭い。
「だと言えば、これ以上は見逃していただけますか?」
「俺はそれでもいい。過程はどうあれ無事に解決したなら、言うことはない。しかし……それでは、悟たちが納得しない」
「ですよね。……でもここは、勇み足の私がへまをしたってことで、穏便に済まないでしょうか」
「悟の目には、お前の術式の形『だけ』が見えている」
おっと。
「……お前が呪霊に『何かした』と、悟は踏んでいるようだ」
「あぁ~六眼……」
「『術式を決して明かさない』という縛りがあることは、十分に理解しているつもりだ。お前は賢い。そのうえで立ち回りもうまい。これまでの経験から培われた、判断力も行動力も高い。……しかし、もう少し。仲間を信頼することも必要だ」
なんとも教育者らしい物言いに、私は撃沈して言葉を失う。
言葉を返せずにいる私に、夜蛾先生は追撃をかました。
「お前がひとりで任務をこなす術師なら、何も言わない。しかし高専に来た以上、……そうして四人で現場に派遣されたからには、チームの一員だ。術師にチームプレイというのも妙な話だが、もっというと、お前たちは同級生で、かけがえのない仲間だ」
「……そう、ですね」
「お前は強いし、冷静だ。仲間を必要としないかもしれないが、……俺の『生徒』である以上は、仲間を慈しみ、思いやることも学んでほしいと思っている」
呪術師の世界は腐ってて、……みんな頭イカレポンチばかりだと思っていた。まあいうて、呪術師としての父も、割とイカれたところはあるけれど。
それでも親子だから、そこに愛も情もあって。綺麗なものはそこにしかないと思っていた。
けれど、夜蛾先生がこう言うってことは、あながちそうでもないのかも、しれない。知らんけど。
「……五条君、怒ってます?」
「……荒れている」
「……察します」
「悟の反発は強いかもしれんが、……お前は誠実でもある。その誠実さはいつか伝わる……と、いいと思う」
「……ありがとう、ございます。肝に銘じます」
私の粛々とした言葉に、夜蛾先生はうむと重く呟き、口を閉ざした。
お通夜ムードのなか、車は高専敷地へとひた走り、寮の前で止まる。
「硝子も心配していた。顔を見せてやるといい」
「分かりました。岩清水さんも、送迎ありがとうございました」
声をかけると、岩清水は運転席から親指を立てながら――車を出した。
自室に入る前に、硝子の部屋による。ノックをすると、ほどなくして部屋着の硝子が出てきた。
彼女は無言で「ん」と部屋の中を示す。お邪魔します、と私は中へ入った。
「どうだった?」
「ばっちり。レントゲンもCTもなにも異状ないって。暇すぎた。夜、見回りに来た看護師さんと女子トークしたよ」
硝子はどん、と私の前に常温のエナドリの缶を置いた。私がいつも飲んでるやつ。その置き方に、ちょっとした含みを感じる。
「五条がウザイんだけど」
「……夜蛾先生から、ちょっと聞いた。荒れてるって」
「めんどくさいんだけど」
「……ごめん」
あぐらをかいていた硝子が、視線を虚空に投げて――ぽつりと、呟いた。
「私は、何が起きたか知らない。あいつらの話しか、判断材料がないから」
「ですね」
「でも、……『それ』以外、なかったんでしょ」
言ったかと思えば、すっと膝をついて私の方へと顔を寄せる。拳が、肩にぶつけられる。こつんと。でも結構強い。
「寝ろ」
「え?」
「いいから寝て。ナカ、どうなったのか確認する」
しまいには肩を押されて、その場に寝かされる。直立の姿勢で横たわる私に、硝子が手をかざした。呪力が流れ込むのが分かる。……心地よい。
目を閉じる。
「雪名、……英雄願望が強そうには見えない。あんた、徹底した合理主義のリアリストでしょ。でも、」
そう言って言葉を区切ると、呪力が止まる。
「大事なことは何も言わないから。だから誤解されるんだよ」
治ってる。やっぱ完璧。
そう言って硝子は自画自賛した。そうでしょうとも。あなたのおかげでばっちり治って、今ここにいるんです。
「かなわないなぁ」
硝子の匂い、呪力。落ち着くなぁ。それでいて腕もいい。
将来引っ張りだこになるの、分かる。それ以外ありえない。
「……でも、分かってくれる人がひとりでもいるなら。私はそれでいい。万人に理解されなくても、……丸く収まるならそれでいいんだよ」
体を起こすと、硝子はつんとそっぽ向いた。
「なんか、そういう考え方。好きじゃないなぁ」
硝子はタバコのケースを手に取ると、窓際に行ってガラッと窓を開けた。そこから身を乗り出し、タバコに火をつける。
「誰か一人が我慢して、世界がうまく回る。……じゃあその誰かを大切に思ってる誰かの気持ちは、どうなんの」
「それって、硝子ちゃんのこと?」
いたずらっぽく聞いた私に、硝子は一瞬黙り――そうして冷たい視線を投げた。
「思い上がんな」
「きびしー……」
「こんな姿見たら、親御さん泣くぞ」
「父なら、……立派な術師だって褒めてくれるよ。そういう生き方を、ずっとしてきたんだから」
まあ父がいれば、あんな無茶はしなくてよかったんだろうけど。そんなタラレバには、全く意味がないけれども。
硝子は無言でスパスパとタバコを吸って、あー……と機嫌の悪そうな声を出した。
そうして振り返り、窓枠に腰を預けた。
「決めた。あんたが今後、こういう無茶したら。もう治してやんねー」
「ひどっ」
目を見開く私に、硝子はにっと笑ってみせる。
「治して欲しかったら。私が納得できる言い訳、ずっとしてな」
なんの陰りもない、晴れやかで溌剌とした笑顔だった。
それが、思いのほか胸に迫って、一瞬言葉につまる。
「……ありがと」
鼻をぐすりとすすると、
「泣いてんの?」
「硝子ちゃんが好きすぎて」
「いや、その思いには答えられない」
「一生片思いでいい……」
重すぎ。そう言って硝子は、灰皿にタバコを押し付けた。
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