まあ予想はしていたのだが――。
思った以上に、五条悟の反発は強かった。
退院翌日に登校した私に、五条はとにかく無視を決め込んだ。
いないものとして接し、かと思えば、通りすがりに肩をぶつけてみたり(結構強くぶつかったが、私の体幹の強さに舌打ちしたり。女子にすることじゃないからね? それ)。
「悟、……そういうのはよせ」
夏油はさすがに止めたが、それにしても彼だって、
「雪名、……その。体はもう大丈夫なのか?」
視線も声のトーンも、何もかもが窺うよう。
奥歯にものの挟まった物言いというか。どう接したらいいか、測りかねている様子がひしひしと伝わってくる。
「硝子ちゃんの反転で、もうばっちり」
「止血が早かったからねー。私、いなくてもよかったんじゃ?」
なんて意地悪なことを言う硝子に、そんなことありません! と返す。
「無事ならよかった。……しかし、……」
言葉を詰まらせる夏油を、五条が呼ぶ。
「なにと話してんだよ、独り言デカすぎ。次、移動教室。さっさと行こうぜ」
「悟……」
「刀投げつけてあまつさえ自爆するようなバカ、ほっとけよ」
茶化しでもない冷たいトーンが、彼の怒りを表している。
確かに、……なにも言わないのは、良くないなぁ。
踵を返して教室を出た五条を、負う。
「五条君、……ごめん」
背中に向かって声をかけると、彼は立ち止まった。しかし振り返らない。
「刀を投げたのは、決して悪意あってのことじゃない。……『見えた』んだけど、それを説明してる暇がなかったの。登山客が危ないと思ったから」
彼は何も言わない。
ええいもう、だったら。言いたいこと全部言ってしまえ。
「あの山全体が、領域だった。君の呪力で呪霊を吹き飛ばせば、山全体が崩れて甚大な被害が出ていた。それが分かったから、『処理』して君に託した。……呪霊の攻撃じゃない。処理にかかるコストが、高かったの」
これは……縛りに抵触しない、最低ラインかな? 呪力、まだある。術式、使える。
ってこの確認作業、ダッサ。
「……あれ、土地神だろ」
背を向けたまま、五条が呟いた。
さすが勘がいい、……のか、事後の調査で判明したのか。どっちもかな。
「半分正解、半分間違い」
「お前さ、本当になにが見えてんの」
ここで五条が振り返り、つかつかと歩み寄ってくる。
もうほとんど胸(彼にとっては上腹部か)が触れ合うくらいの距離で、彼は私の目を覗き込んだ。
うっ顔が良い。サングラスをしていても、顔が良い。
そっと目を逸らすと、肩がつかまれる。
「縛りで言えねーってのは、分かる。……でも、お前が全部見えてんだとしたら、それはもう、呪術なんかじゃねえだろ」
はてさて、私の術式は五条家所有の文献にも、どこにも載っていないのだろう。幸い。
肩をつかむ手に力がこもり、無意識に顔がゆがむ。いってーな、馬鹿力め。
「……それさ、大丈夫なのか?」
力に反して、声は、どこか――案じるような気配があった。
え? なんだその声。まるで、
「……心配してるの?」
「は?」
痛さに耐えかねて肩を振りほどくと、五条は目を丸くして、一瞬呆けた。
次の瞬間、
「っなわけねーだろっ! 勘違いすんな、この自爆女!!」
ゲロ女の次は自爆女かよ。私のあだ名、バリエーション豊富だな。
典型的なツンデレ構文を使う五条に、ちょっとだけ笑いがこみ上げる。かわいいじゃん。
「そんなへんてこりんな術式、やべえっつってんだよ。しかも代償で死にかけるとか。そんな術式、よく使えんな?!」
「いや、さすがにここまで高い代償は初めてで……。死にかけたのも初めてだよ。やべえ術式というのも、自覚はある。だから極力、使わないようにしてる」
「ぶっとんでんな……」
五条悟にそこまで言わしめるとか、私アレじゃん。おもしれー女ってやつ? あんまり嬉しくないな。
冷静に分析する私と目が合うと、五条はフン! と盛大にそっぽ向いてみせた。その怒ってますムーブ、まだ続けますか。
「まあとにかく、ごめんね。……そういえば、私のミーケ……いや、短刀、どうなったかな……?」
実はこれが、なにより一番の心配事項だった。
もしもそのままだったら……。いや、呪物だから……きっと、一般の人の目には……いや、刀にしか見えない……。持ち去られたら……いや、きっとその後は高専関係の立ち入りがあったはずだから、回収されて……いや、夜蛾先生も知らないと言っていたから……まずい、非常にまずい。
しどろもどろとする私をみて、五条悟はとびっきりの――悪魔のような笑顔になっていく。
おい、待て……お前……まさか。
「あーあれね。みーけ……なるほど、三池ね。どーりでいいもんだと思ったわ」
「えっと……つまり、五条君が?」
「古物商に売っ払った」
語尾にハートが付きそうな、とびっきりの可愛さで、彼が言う。
膝から崩れ落ちた私に、
「良い値がついたなー。お前、いいもん持ってんじゃん。今日は快気祝いに、寿司でも行っちゃう?」
「……み、みーけ……私のみーけ……」
膝どころか両手までついて、絶望に打ちひしがれる私。
詰んだ……人生が……詰んだ……殺される……。
貧血を起こしたのか。そのまま私は、廊下にべちゃっと土下座する姿勢で気を失った。
「雪名、だいじょうぶー?」
――保健室で寝込む私の元を訪れたのは。
唇を尖らせた五条と、困ったように笑う夏油、そして新しい刀袋に包まれた「ミーケ」さんを持って、いたずらっぽく笑う硝子だった。
「ミーケさん!?」
震える手で受け取り中身を確認すると、それはまがうことなきミーケさんだった。そうそう、この美しい直刃と白け映り……ぶっとい樋……私の三池……!!
あわあわとしながら大事そうに抱きしめる私に、硝子が笑う。
「感動の再会ってやつ?」
「大事なものなんだよ」
「でもまさか、気絶するとは……」
「それは悟(五条)が悪い」
硝子と夏油の声が重なった。
五条はちょっとばつの悪そうな顔をしてから、悪かったよと呟く。
「さすがに、他人のもん売っ払うわけねえだろ」
「いやでも、悟だし」
「寿司のくだり、まじで悪い顔してたよ」
「見てたのかよ……」
――このお返しに、私はみんなを引っ張って高級寿司屋に乗り込んだ。
誰におごらせたかは、言うまでもない。
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