コミュニケーションエラーの弊害 - 2/4

 誤算があった。それは――ソハヤには「一夜限りの」という部分が伝わっていないということである。
 真剣な顔をして抱きたいと言われたら、審神者は拒めなかった。組み敷かれて口付けを受けながら、あの夜なんと言ったかな、と考えていた。とても思い出せなかった。無我夢中だったのだ。なにより、死んでもいいとさえ思うほど愛しい男に抱かれて、他の考え事などできるはずもなかった。
 あまり他の男のそれを知らないが、最中のソハヤは寡黙だった。普段――気のおけぬ仲間といるとき、饒舌とは言わないが、彼は会話を楽しんでいるし、笑っているところも見かける。審神者と話すとき、それほど気安くないのが悲しいが。ともかく、その口数の少なさが、本命との違いなのかな、などと思わされる。
 否、あの鈴とかいう女とどんなふうにしているかは知りもしないし知りたくもないが、気安い相手とは楽しくおしゃべりする性質だから、急度――。そういう差異を見つけては、一瞬現実に立ち返り、魂の底から冷え切る思いがした。
「……どうした?」
 そうして、そんな風に夢から覚めた瞬間というのを、ソハヤは偶然にも見つけてしまう。興ざめされるのがいやで、はしたなく求める真似をする。もっと、と言うとソハヤはどこか釈然としないようにしながらも、もっと与えてくれた。
 無様だなぁと、こういうとき、審神者は自分にがっかりしてしまう。もとより、だれにも誇れる自分ではなかったが、こんな姿は本格的に惨めで情けない。
 こんな関係に名前を付けるとしたら、一体何が妥当か。
 セックスフレンド、ともちょっと違うと思う。きっとそういった手合いは、割り切っていてお互いに平等な関係である。しかしソハヤと審神者は違う。審神者から持ち掛けることはない、というかできない。そんな勇気がない。断られたらと思うと声をかけることもできないでいる。基本的に、ソハヤが抱きたいと言ってきたときだけの、一方的な関係。もちろん、ソハヤノツルキというのはできた男士なので、嫌がればすんなりとやめてくれる。審神者が忙しい時や、どう考えてもそういう感じではないときは持ち掛けてこない。
 なんというか都合のいい女だな。そう考えると落ち込むので、あくまで消極的に利用させてもらっているだけだ、と捉えることで審神者は自分の精神衛生に配慮した。
 とはいえ、そうやって肌を重ねていれば、さすがに二人の関係性にも変化が生じてきた。少しくらいは距離が縮み、ふたりきりの会話も続くようになってきた。しかしやっぱり審神者には意気地がないので、仕事以外のことでソハヤに話しかけるのはためらわれた。
 戦略のことや政治向きのこと、歴史のこと。ソハヤが徳川家康の愛刀だったから、ということを全面に押し出し、色々と質問を投げかけた。馬鹿だと思われたくなかったので、質問するために事前に勉強もした。
「お、いいところついてくるじゃねえか」
 などと褒められると、とても嬉しく誇らしかった。我ながら単純だとは思うが、その言葉をもらうため、いろんな書物を読み様々な研修会に参加するようになった。
 いつしかそれは二人きりの勉強会になり、より一層、ふたりの距離は縮んだ。会話も増えたし、一緒にお茶をするような時間も持つようになった。もしかして、と審神者はにわかに期待を抱いた。セフレ以上の関係になれるのではないか。にわかな期待は、彼女を先走らせるに十分だった。
 審神者は意気地がないくせに、妙に思いっきりがよく潔いところがある。あるいは考えなしとも。とにかくソハヤに、ずばり、鈴のことを問うた。馴染みの子がいるの? と。
 するとソハヤは急に表情を険しくし、ぶすっと表情を曇らせ、ただ一言、
「……あんたが把握するようなことじゃねえ」
 それだけ言って、気分を害したのかその場を去った。しばらくして戻ってきたから、小用だったのだろうかとも思ったが、それ以降はなにも聞き出せる雰囲気でなく、審神者は己の浅はかさを知った。恥じた。呪った。セフレはセフレでしかなく、むしろ自身はそれより下の、どうしようもなく都合の良い女でしかないのだと思い知らされた。

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