意気地がないが、しかし審神者には一方で気の強いところもある。やられっぱなしでは済まさないぞ、というほどのなけなしの一分はあった。
私は主だ、と己に言い聞かせる。都合の良い存在だけでは収まりがつかぬ。簡単に言うと、こちらから仕掛けてやろうと――そんな一大決心をした。
夜半、審神者はソハヤが寝ているであろう寝室に忍び込み、大胆不敵にも馬乗りになって襲い掛かった。しかし胸の上に乗った瞬間、なんというかその――感触というか、面積の違いに「あれ?」となった。彼女がソハヤの上になることもたまにはあるので、乗り心地のほどは心得ている。その胸はソハヤのそれより広く厚く、おそらく縦も横もソハヤのそれより大きいものだと理解できた。
「……あ、主……」
低く紡ぎだされた絶望的な声は、大典太光世のそれだった。
「え」
まったく意味が分からなくて、審神者は固まった。数瞬呆けてから、ようやっと、自分が大典太光世に跨がっていること、大典太とソハヤが同室であることを思い出した。本日、大典太は二十四時間遠征のはずでは……? 考え込み、そういえば今朝方、急遽遠征メンバーを変更するという申し送りを聞いたような聞いていないような……ということに思い至った。完全な人違い、ならぬ刀違いだ。
そうして、悪いことというのは、重なる。
審神者がこれ以上ないくらい固まり、言い訳もできずにいるとき――ちょうど、障子が開いて第三者が登場した。
「おい……」
その声は、ソハヤで。
薄暗がりのなか、布団の中で審神者が大典太に馬乗りになっている光景を目にすると、ソハヤノツルキは、
「どういうことだ」
底冷えのするような低い声で、震えあがるほどのすごみを聞かせて問うた。
そこからの審神者の行動は、迅速だった。それまで固まっていたとは思えぬほどの速さでさっと大典太の上からのくと、申し訳ありません、と土下座した。
「あのこれには深い事情があり……なんていうかその、間違ったというか……。ごめん光世!! 本当に申し訳ない!! 精神的苦痛に対する慰謝料は払う!! とりあえず出直させて!!」
そう言うが早いか、脱兎のごとく三池部屋を後にした。
――が、逃亡劇は長く続かなかった。
「おい、止まれ!」
背後からそんな声が聞こえたかと思えば、がっちりと肩をつかまれて後ろに引かれ、審神者はたたらを踏むようにして動きを止められた。今少し彼女の運動神経が悪かったら、そのまま引き倒されていただろう。それほどまでに、なりふり構わぬ力だった。
当然、追いかけてきたのはソハヤだった。
「なんだ、あれは」
怒りを隠そうともしない声ですごまれ、審神者は震えながら、あ、あれ……と復唱した。恐怖と羞恥と動揺で頭がうまく働かないのである。ソハヤは舌を打った。
「なんで兄弟にあんな真似をした」
「あ……あれは……その、人違いで……」
「誰と間違えた」
「ソハヤ……」
「俺と間違えてあんなことをしたと?」
「そ、……その通りで……」
がたがたと震えながら審神者が言うと、ソハヤはため息を吐き、ばつの悪い表情を作った。すごんで悪かった、と。
「間違えたのは分かるが……。俺に対する謝罪はなしか、と思っただけだ」
つまるところ、それが許せずすごむほどに怒ってしまった、ということらしいが。審神者は意味が分からなかった。
しかし、一瞬でひらめいた。ソハヤは大典太に、ふたりのただれた関係のことを話していないのだろう。そのため、それとバレてしまうかもしれない軽率な行動を審神者がとったことが、許せなかった――それに対する謝罪を、というところだろう。審神者は深々と頭を下げた。
「軽率な行動でしたね、まことに申し訳ない……。光世には後日、説明しておくよ。そういう関係じゃないってばれないようにね」
「は?」
「漁色の果てにソハヤに目を付けたが、夜這いに失敗したとかなんとか……ちょっと苦しいかな」
「どういう意味だ」
ソハヤは再び怒色をにじませていく。審神者は再び震え上がった。
「え……だから……。つまり、光世にはソハヤと私がセフレ……セックスフレンド……あーもう日本語でなんて言うんだろう? つまり、そういうふしだらな関係ではあるとばれないようにするから、そこは安心してと」
審神者の語尾がはかなく潰えた。バン! とものすごい音とともにソハヤが彼女の後ろの壁に手をついたからだ。要するに、壁ドンである。
――奇しくも、ナイスなタイミングでお風呂に向かう途中の新選組刀ご一行とかち合う。
「ッかしよぉ、長曽祢さんも大変だな……」
そんな和泉守の声もまた、はかなく潰える。談笑していた加州、長曽祢、の二口の声もまたぴたりと止まる。
新選組、それは江戸幕府最後の忠臣ともいえよう。そんな主を持つ彼らは、その幕府の霊刀たるソハヤノツルキににらまれ、面白いほど固まった。殺傷力さえ持ちそうな視線でにらまれて、くるりとUターンを決める。
「えっ……」
タスケテ。審神者がか細く助けを求めるが、そんな声などまるで無視され、三口は脱兎のごとく逃げて行った。完全に見捨てられた審神者である。
「話がある」
冷たい瞳でにらまれ見下ろされ、審神者はYESと答えるほかなかった。
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