そんな都合のいいものはない - 3/6

「霊力供給というのは風の噂に聞いたことがあるかな。要するにあれは房中術、体の交わりを用いて気を循環させ、霊力を高めるというメカニズムだ。しかし逆にいえば、気を循環させず吸い上げるだけ吸い上げてしまう、ということも出来てしまう。気が枯れる……かつてはそのことをケガレと言い、それを回復させるためにハレの行事を行った。この場合のケガレというは、日常生活を営むだけでなく、生命活動を行うための気が枯れ果てた状態、つまり待ち受けるのは死だ」

 自分の寝室に刀剣男士――しかも全く親しくない山姥切長義が、しかも布団の上にいるというのはとてつもなく慣れない光景だった。ペラペラと長義が話す言葉は、IQ一桁レベルとなった私には右から左に抜けていき、大した意味をなしていない。ただ、近くで見ると本当に綺麗な顔だなと思った。

「君に、それを応用する」

 長義が私の肩を掴んだ。びっくりするほど急なモーションではなく、あくまでゆったりとした動作だったというのにびくりとしてしまう。なんというか、彼の手が異物だったからだ。
 薄暗い室内に、山姥切長義の肌の白さはことさら白く映え、肌理の細かい肌はいっそのこと美しく映ったというのに、肩をつかんだその手は、びっくりするくらい男のそれだった。重くて、硬くて、そうして熱い。そんなに華奢ではないと辞任していた私の肩が、非常に頼りなくたおやかに見えたほどに。
 そんなことをつらつらと考えていたら、ちょっと力を込めて後ろに押された。そうされるとどうなるかは分かり切っていて、少しだけ抵抗感があったものの、抵抗するか否かを考えているうちに、布団の上に押し倒された。真上に長義の顔。下から見ても美しい顔。はは、死ねるな。
 そこまで来て、私はこの後どうなるかを――最初から分かっていたとは言え――決定的に知るところとなった。長義はうんぬんかんぬん難しいことを言っていたが、要するに――性行為を行う、という認識で間違いない。
 けれどもそれは快楽を得るためでも、妊娠するためでも、まして愛を確かめ合うためでもない。死ぬため。腹上死というのは本当にあるらしい。
 長義の顔がゆっくりと近づいてくる。造作の美しさに恐れおののいて逃げようとしたが、顎のあたりを掴まれると、その行為の意図が分かった。逃げたくもあったが、逃げてそういう経験が浅いと思われるのも嫌だったからあえて受けて立った。
 とはいえ、こういう場合も、普通にキスとかするものなんだな。パパ活や風俗でもするんだろうか。オプション料金になるんだろうか。そういえば私、男の人とキスするの初めてじゃないかな。初めてがこんなに顔のいい男でいいんだろうか。
 いや、でもつまるところこれは、彼の言葉を借りるなら「待たせたな。お前たちの死が来たぞ」ってことなので、別にありがたがることもない。死の接吻というのは言い過ぎだが、延長線上に死が控えている。いやでも、それを与えてくれるのだから感謝するのが妥当か? よくわからない。
 触れた唇は、思ったよりも柔らかくなかった。
 多分私が夢を見すぎていただけというか、なんというかぶにぶにしてる。触れるだけかと思っていたら、ついばまれた。うわあ、本当についばんだりするんだ。なすすべなく固まっていると、今度は舌先がぬめりと侵入してきた。うわあ、本当に舌とか入れるんだ。ぐじゅりと湿った感触が強くなる。うええ、他人の唾液。ほのかに歯磨き粉の味。爽やかかな。
 そう思っていると唇が離れていって、念願の酸素供給がかなった。

「……すまないが、目を閉じてもらえるかな」

 気まずいような、呆れたような、そんな声が指摘する。そういえば開けっ放しだった。すまないことをしたと思う。
 長義はかすかにため息を吐いて、ちょっとだけ顔をそむけた。何かつぶやいた。予想するに、悪態か何かだろうか。それで、興ざめだ、終わり終わり、とか言ってやめるのかと思ったが、再び覆いかぶさってきた。再開するんだ。舌とか絡めたりするんだ。私もなにかしたほうがいいのか。舐めたらいいのか。こうか。こうか。それともこうか。

「んっ……」

 短い舌を頑張って伸ばして懸命に応じると、鼻の奥から突き抜けるような――長義さん、エロい声入りました。あ、やだ、なんか結構いいかも。
 そうすると、なんだかこっちもスイッチを押されたみたいで、がぜん乗り気になってしまう。意外と性欲が強かったのだな、と新たな自分を知った瞬間である。
 とりあえず、勝手はよく分からなかったけれど、長義が舐めたり噛んだり触ったり揉んだりつまんだりするので、私も同じようなことを返した。長義が乳首触ってくるから私も長義の乳首いじったら、それはいい! と結構ガチめのトーンで怒られた。
 しかし私の見立てでは、あれは結構長義も感じていたはずだと思う。だってのしかかって来た時の長義の本科がえげつないことになっていたので、絶対乳首がよかったはずだと思う。
 すっかり上半身を脱がされてしまい、貧相な体ですまねえ……と思いつつ私も長義の服を脱がせた。彼に対しては細い刀剣男士だもっと肉を食えよ、と思っていたがそれは間違いで、というか多分相対的な問題で、山姥切長義は思っていたより筋肉質な体をしていた。
 もちろん今までだって、ケンカして勝てるとは思っていなかったが、本格的に勝てるはずがないという結論に至る。意外と筋肉があるし、しかしこれは若い女子が好きそうな均整のとれた体つきで、まあ結論からいうと、脱がれると無性に恥ずかしかった。脱がせたのは私だが。
 無敵なのかもしれない、と彼に対して思う。顔が良くてスタイルもよくて、仕事もできて……。それに引き換え私はなんだろう。私なんて貧相なこの体でいかに虚勢を張るかで頭がいっぱいだというのに、こいつは絶対、貧相な体ですまねえとか思ったこと、ないだろうな。
 腹立ちまぎれに、恥ずかしさを紛らわすためにも、首筋が綺麗なので噛んでおいた。ほのかにいい匂いがするけど、刀剣男士たちはどんなボディソープ使ってるんだろうか。それともいい男はいい匂いがするのだろうか。
 長義の指がパンツの縁にかかり、もったい付けるように脱がせようとする。おっぱいくらいはギリギリいけたけど、さすがに下半身は勇気がいるものだ。パンツをしっかりと握ってガードすると、今度は長義が私の首筋を噛んだ。
 私がしたみたいに結構な強さでガリっといくのではなく、犬猫が甘えるみたいな噛み方。それがゆっくり上がっていって、耳の柔らかなところを――甘噛みし、ぐるりと舐める。耳、やばい。一瞬からだに電撃が走ったみたいな衝撃があって、白目を剥きかけた。

「っやあ!」

 あられもない声! いやだ、長義ちょっと畳に頭ぶつけて記憶喪失にならないかな。口を押えてそれ以上声が出ないようにしていると、彼はにんまりと笑ってみせた。ああもう顔がいい! 心臓よときめくな、女性性ようずくな‼

「耳が弱かったのか。それはいいことを知った」
「いや今のは不幸な事故、」

 言い訳をしようとしたところ、長義はサイドの髪を耳にかけてそっと顔を近づけた。その仕草といい、ちょっと狂暴なその表情といい、なぜだか胸がきゅうっと締め付けられてやまなくて、反撃が遅れた。無論、そんな馬鹿な獲物を待ってくれる彼ではなかった。

「っだめ、だめ、だめ、だぇっ……ぁぁああ!」

 頭を抱えらえるようにして、耳を重点的に攻められる。ふうっと息を吹きかけられ、もうそれだけで背筋がぞぞぞっとして駄目になって、駄目になったところに耳朶を唇で挟まれて、はむはむと食まれて。無理すぎてたまらないのに、追い打ちをかけるように舐められて、歯を立てられて。耳をくちくちやられてどうしようもなくて、長義の肩を掴んで引き離そうとしてたら――いつの間にか、パンツ履いてなかった。マジシャンか!
 さて、なんて言いながら長義は私の足を開いて、そこに体を入れて、顔を近づけて――

「っきたないよそれは⁈」

 思わず色気もへったくれもない悲鳴が上がる。ぐいと肩を押して突き放そうとしたが、動かざること山のごとし、長義はびくともしなかった。

「ならしてもいないところに、無理矢理ねじ込む趣味はなくてね」
「いや、でも」

 汚いから、無理だから、と懇願するが彼は話を聞いてくれない。

「は……恥ずかしいので……」

 泣き落としが通じるとは思っていなかったが、哀願してみると長義の動きが止まる。そこに希望を見出したのに、

「……君は身を委ねていればいい」

 そういってすんなりと太ももを抱えられ、お迎えするところとなった。
 それにしたって、身の置き所がない。とんでもないところにとんでもない感触を感じて、頭がどうにかなりそうだった。しめった、感触。熱い吐息。

「っ……やっぱ無理。自分で慣らすから……」

 長義の頭に手を置いて押そうとするが、太ももをつかむ腕に力がこもったばかりで、なんの解決にもならない。それであきらめて、最初は申し訳なくて死にたくていっぱいだったのに、段々訳が分からなくなってきて、もともと一桁レベルだったIQがさらに下がって、もはや思考力そのものが失われて、口をふさぐとか声をださないとか、基本的なことさえできなくなって、

「……もう、いいかな」

 彼の言葉も、音としてしか認識できないまでになっていた。なにがいいかもわからなくて、いいとはどういうことかも分からなくて、ただただ頷いて、こうなるともう、蛙みたいにがにっと足を開かされてるのも、長義の本科がえらいことになってるのも、それがぐちぐちおしつけられて扱かれてるのも、なんだかもう全部が全部気持ちがよくて、――すごいな、と思った。

「ぐっ……!」

 それは一体どちらのうめき声だったのか。いやもう痛いとか痛くないとかいうレベルじゃなくて苦痛でしかなくて、まじのガチの本気で切れそうになったけど、それでちょっと冷静になったのか、これがなんのための行為なのか思い出して事なきを得た。この時の私は、とにかく冷静で、冷静すぎるほどに冷静だった。
 多分、電車にはねられるよりは痛くないだろうし、首を吊るよりも、鋭利なもので頸動脈を掻き切るよりも痛くないはずだ。だって、死んでないもん。

 

 

 

 ――死んで、ないじゃん。

 

 

 

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