「まさか、君が俺のために手作りしてくれるとはね」
根負けしたため、私の生み出したクリーチャーは長義にいただかれるところとなった。せめて美味しく食べてほしいので、長義リクエストのコーヒーはとっておき用のいい豆を挽いて淹れた。挽き方、お湯の温度、蒸らし方、いつもはざーっと適当にするけど今回ばかりはきっちりと神経を使って淹れたので、今日のコーヒーは至高の味だと自負している。
「粗茶ですが」
と、そっと差し出すと、長義は機嫌よく受け取ってありがとうと言った。くそっ……笑顔もまた美しいな。コーヒーを口に含み、ほっと息を吐き――マグカップが可愛らしいキャラもののそれでも様になる、山姥切長義とは神に愛されたる存在かな。
「また一段と腕を上げたようだ。コーヒーだけは君に軍配が上がるね」
「いい豆使ってるからね。私が普段飲んでる豆の五倍くらいするから。……って、だけって言うなオイ失礼だぞ」
「光栄だね。ではこちらのクリーチャーとやらもいただこうかな」
「目を閉じてね。見た目はアレだけど味は普通だから」
「いただきます」
長義が、食べた。流血沙汰のクリーチャーを、食べた。なんとなく見ていられなくて、視線を外してうつむく。
もぐもぐ、ごっくん。咀嚼する音が聞こえていよいよたまらなくなる。
「美味しいよ」
「……ありがとう」
この際、社交辞令くらいは抵抗せず受け入れておこうと思う。
さっさと食べてしまえばいいものを、長義はゆっくりともったい付けて食べるので、結構な時間羞恥心に耐える必要があった。まあ彼は育ちがいいので(?)がっつくなんて真似は万が一にもしないが。
食べ終わった後、長義がなにか言いたそうだったので、手際の悪さとか料理の腕前については言及されたくなかったため、さくさくっと万屋で買い求めた高級チョコを手渡した。
「一応買ったので、あげる。これで口直ししてね」
「……律義だな。わざわざ買いに?」
「本当はこんなクリーチャーは、存在しないはずだったんだよ。長義が発見するから……。周知されない事実は存在しないも同然だと言うのに」
サーバーの中に残ったぬるくなったコーヒーを、一息にあおる。冷めても美味しい、やはり今日のコーヒーは随一の出来栄えだ。軽く感動していると、まさか、と長義が声を上げた。
彼の方を見る。長義は正面を向いたまま視線を合わせようともせず、口ごもった。いちいち秀麗な横顔のライン、馬鹿みたいに見とれながら次の言葉を待つ。
「……君が、手作りするなんて」
もう一度、同じようなことを長義は言った。どんだけ意外だったんだ。手先が不器用なりに、今までも結構料理したことあったけどな。割とイケるって食べてくれたじゃん? メシマズ認定されているようで、なんとも言えない気分になった。
「いやそりゃ……。作るよ。ていうか料理するでしょ、私」
「そうか」
「お菓子作りは久しぶりだけど。十年ぶりくらい」
「……なぜ」
「なぜ⁈ いや、なんていうかその……感謝、というか」
付き合っているとは厳密には言えない仲で、「バレンタイン」に贈り物をするのもどうかという気はするけど、やることやってる仲なのに、こういうイベントをスルーするのもどうかと思うし、好意を示すという意味でなら、別に付き合ってなくても手作り菓子の一つや二つ、贈ってみてもおかしくはないと思う。
別にそれで見返りを求めているわけでもなくて、――感謝、そう、感謝ね。長義にはいつも「与えられて」いるので、それに対する気持ちを返したとか、その程度のことだ。
しかも直近でかなり嬉しいこともあった。
こんなことで喜ぶのもどうかとは思うけれど――この前長義に、戦の采配について褒められた。審神者がそれくらいで喜ぶっていうのもどうかしてると思うけれど、実際私は、天にも上るほど嬉しくて、ふわふわして、いやとにかく――嬉しかったのだ。嬉しくてたまらなくて、何かしたいなと思った。それだけ。
長義が反応に困っているところが、私たちの関係性の微妙さを物語っているけれど、……ええいままよ。普段与えてばかりだから、与えられるのもたまにはいいでしょうよ。
「まあとにかく、長義は特別っていうことで」
勿論、内心の思いを吐露することはなく、それは自分の内々で処理してしまう。雑にまとめてみせると、長義はぐっと眉根を寄せて顔を背けた。
おっとその反応は。調子に乗るなとかそういう感じ? それはすまない、調子に乗っている部分は正直あったと思う。
内省する私を余所に、長義は咳ばらいをして黙り込み――
「……っそ、そうか。まあ君がそこまで言うにゃら、」
「…………」
「…………」
まるで彼の言うところの猫殺し君のような語尾は、盛大に噛んだせいだろう。長義でも噛むことがあるのか、なんてまじまじと見つめていると、長義はわあっと頭を抱えてテーブルに突っ伏した。うォ……びっくりした。いきなりはやめて、心臓に悪い。
長義は頭を抱えてくそくそっと同じみのセリフを吐いている。あの長義が、貧乏ゆすりまでしてるなんてレアにもほどがある光景じゃなかろうか。
私はそれを冷静に見つめて、とある、ひとつの可能性に行きついた。
「長義ひょっとして……照れてる?」
私の指摘に長義はぴくりと体の動きを止め、一瞬で静寂を取り戻した。やだ怖い、いきなりスイッチが切れたように静かにならないでほしい。
あー、と長義はどうしようもない声を上げた。
「……君の、せいだ」
かすかに腕の隙間から覗いた瑠璃の瞳に、言いようもない羞恥が滲んでいて、ほのかに見える白い肌が赤く染まっていて、――なんだこれ可愛いかな? と、私はその場に崩れ落ちた。
ドスン、バタン。
それは恋に落ちる音だったのかも分からない。
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